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Your search : [ author:写真佐渡多真子
文 原口純子] Total 4070 Search Results,Processed in 0.051 second(s)
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2641. 賀蘭山―乾きの大地に生命はぐくむ
自然が生んだ防波堤飛行機が寧夏回族自治区の上空に入ると、眼下に広々とした銀川平野が見えてくる。その外れに雄大な姿を見せているのが、中国西北部の名山賀蘭山だ。賀蘭山は起伏を繰り返しながら西北から東南に伸びる山脈である。寧夏回族自治区の区都銀川市から、車を飛ばして賀蘭山に向かう。行く手に見えるその雄々しい姿は、疾走する馬のよう。賀蘭(ホーラン)はモンゴル語で「駿馬」を意味するという。二十億年前、賀蘭山
Author: 文 写真·劉東平 徐毅仁 Year 2000 Issue 2 PDF HTML
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2642. ベールを脱いだ「深窓の佳人」―湖南省張家界
世界的に重要な自然、文化遺産を保護するために一九七二年にユネスコ総会で採択された『世界遺産条約』。中国国内では万里の長城をはじめ、二十三カ所が世界遺産リストに登録されている(九九年末現在)。人類共通の財産であるこれらの自然と文化遺産を、これから三カ月に一度ずつご紹介していく。湖南省北西部の武陵源山脈にある張家界は、自然の織りなす美しい風景で知られる中国有数の名勝だ。かつてここは、黙々と土を耕す土着
Author: 写真·李綱 馮進 文·馮進 Year 2000 Issue 3 PDF HTML
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2643. 少林寺―禅と拳法の聖地
禅宗と少林拳法の発祥の地として知られる少林寺は、洛陽の東南約六十キロ、河南省登封県少室山の北麓にある。創建は、北魏·孝文帝の太和十九年(四九五)。当時は一帯に林が茂っていたので、この名がついた。現在の少林寺は、山門内の白衣殿、千仏殿(別名、毘盧(?)閣)などのほか、門外の初祖庵、二祖庵、達磨(だろま)洞、塔林などを含む。達磨、面壁九年の修行禅は、インドに始まる。梁·武帝の大通元年(五二七)、仏の正
Author: 文·丘桓興 写真·馮進 Year 2000 Issue 3 PDF HTML
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2644. 「音楽家舞台芸術の夕べ」―紫禁城で交わった東西の芸術
紫禁城を照らしていた夕日も次第に力を失い、その日最後の輝きを微かに残すのみとなった。いつもと違う特別な夜が、まもなく幕を開ける。中国とオーストリアの芸術家約千人が一堂に会する「音楽家舞台芸術の夕べ」。中国中央電視台とオーストリア国営放送の共催で、三年の準備期間を経てようやく実現したビッグイベントだ。明、清両王朝の皇宮だった紫禁城は、時を重ねるほどにその重みと価値を増し、人々の敬愛を集め続けている。
Author: 写真·馮進 文·黄秀芳 Year 2000 Issue 4 PDF HTML
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2645. 雲南省片馬鎮 民族の誇り受け継ぐ国境の町
片馬鎮は雲南省リースー(傈傈)族自治州の州都六庫から西北へ約九十キロ、ミャンマーとの国境近くにある。早朝、六庫を発った私たちは海抜三〇〇〇メートル以上の風雪埡口という峠を越え、夕方近くなってようやく片馬鎮にたどり着いた。抗英戦争の記憶中国とミャンマーの国境に立って西の方角を眺めてみると、ミャンマーの森や川、そして村落が見える。私はその風景を見つめながら、列強諸国に対するわが国の抵抗の歴史を振り返っ
Author: 写真 文·劉東平 董建華 Year 2000 Issue 5 PDF HTML
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2646. 隆興寺―宋代芸術の宝庫
河北省の省都·石家荘市の北に隣接する正定県に、隆興寺という古寺がある。創建は隋の開皇六年(五八六)、当時は竜蔵寺といった。北宋の開宝四年(九七一)の再建で大きく拡張され、このとき隆興寺と改称した。当時の建築様式のほか、彫刻、壁画、書などの貴重な文物を今に伝え、宋代芸術の宝庫と称されている。摩尼殿に見る時代性隆興寺は、敷地八万二千五百平方メートルという広大な寺院。「双竜戯珠」の照壁(正門の後ろにある
Author: 文·丘桓興 写真·馮進 Year 2000 Issue 6 PDF HTML
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2647. 福慶寺―峡谷の上に立つ仏閣
河北省の省都·石家荘市の西六十キロ、井陘(せいけい)県の深い峡谷の絶壁に、福慶寺という古刹が立っている。隆興寺の取材を終えた私たちは、雪の降りしきる一日、この寺を訪れた。このあたりは太行山脈の中腹に当たり、昔から交通の要衝、兵家必争の地とされてきた。秦の始皇帝が造
Author: 文·丘桓興 写真·馮進 Year 2000 Issue 7 PDF HTML
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2648. パンダが教えてくれたこと
略歴:1962年6月生まれ。95~97年、北京大学留学。帰国後度々中国を訪れ、主に少数民族の写真を中心に撮影活動を続ける。現在は東京·北京在住。中国芸術研究院影視培訓中心顧問。本誌99年〈人·緑·花〉国際写真コンテスト1位入賞。私は、日本で雑誌などを中心に仕事をするカメラマンをしていましたが、自分自身を表現した作品を撮る「写真家」への転身をめざし、昨年二月から、長期旅行で中国を訪れていました。大志
Author: 写真 文·佐渡多真子 Year 2000 Issue 7 PDF HTML
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2649. 「デザイン21」コンクールin北京
もうすぐそこにまでやってきた新しい世紀。 「私たちの生活はどんな風になるのだろう?」。 こうした会話があちこちで聞かれるようになってきた。そんな中、北京で開かれた「シック·シノワ デザイン21」 (雅致中華 21世紀生活文化デザイン国際コンクール)は、 私たちに未来の暮らしの一端を垣間見せてくれた。 出品された作品に共通していたのは、
Author: 写真·劉世昭 文·黄秀芳 Year 2000 Issue 8 PDF HTML
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2650. 国清寺―天台宗開創の庭
北京から汽車で南へ千六百六十キロ余、十八時間で杭州に着き、長距離バスに乗り換えてさらに南へ二百六十キロ、約四時間で浙江省天台県の県城(県政府のある町)に着いた。緑の麦畑と茶畑が車窓いっぱいに広がり、菜の花は黄色に、桃の花はピンク色に染まって、江南の三月はもうすっかり春だった。県城から三キロ北、五つの峰に囲まれた山中に、天台宗開創の庭、国清寺があった。二本の渓流が寺を包むように流れ、すぐそばに三つ星
Author: 文·丘桓興 写真·馮進 Year 2000 Issue 8 PDF HTML