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Your search : [ author:写真·文 何竜盛] Total 488 Search Results,Processed in 0.143 second(s)
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171. 杞桃肉丁
杞桃肉丁(チータオロウディン)家庭料理は、本誌編集部の記者·侯若虹さんのたしなみである。煮たり、焼いたり、炒めたり、油で揚けたりする楽しさは、彼女にとってじつに面白みがあるという。コンロに熱気が立ち上り、中華鍋に油を熱して材料を加えるとジャーッといって、炒め物からプンプンとおいしそうな香りが漂う。作る者をうっとりと陶酔させるのである。侯さんは、実直でよく気がつく人だ。仕事はもちろん、人とのつきあい
Author: 馮進=写真·文 Year 2004 Issue 5 PDF HTML
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172. 芹菜炒香菇(チンツァイチャオシャングー)
編集長室の劉本平さんは快活な人で、客好きである。同僚たちは親しみを込めて、彼女の名前を「本平(ペンピン)」と呼んでいる。料理を作るのもとても上手で、テキパキと鮮やかなまでに片付けてしまう。今回、劉さんが薦めてくれたセロリとシイタケの炒め「芹菜炒香菇(チンツァイチャオシャングー)」は、一般的な家庭料理だ。「芹菜」は、またの名を「旱芹(ハンチン)」という。明代の薬物書『本草綱目』では「堇(ジン)」と称
Author: 馮進=写真·文 Year 2004 Issue 6 PDF HTML
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173. 玉竜雪山を仰ぎ見るナシ族の暮らし
玉湖村は、雲南省麗江ナシ族自治県の最北端にある小さな村だ。北は玉竜雪山によりそい、南は麗江古城に面している。麗江県城(県庁所在地)までは、わずか十八キロ。玉竜雪山のふもとにあるため、「玉竜雪山第一村」と称されている。その祖先からここに暮らしているナシ族の人々は、村の名前にもなった玉湖を「巫魯肯(ウールーケン)」と呼んでいる。「雪山のふもと」という意味である。玉湖村から標高五千五百九十六メートルの玉
Author: 馮進=写真·文 Year 2004 Issue 8 PDF HTML
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174. 悠久の歴史を刻み、雲海に浮かぶ名山
中国最大の淡水湖、鄱陽湖のほとりにそそり立つ廬山は、その独特な姿によって昔から、文人墨客を魅了し、李白や蘇東坡、毛沢東らが詩で廬山を称えた。山中には数々の歴史の舞台となった建物群が点在し、いまも人々を引きつける。廬山国立公園は1996年、ユネスコの世界文化遺産リストに登録された。廬山は中国·江西省北部の九江市にある。ここは江西、湖北、安徽の三省が境を接しているところで、長江の中流の南岸に位置し、鄱
Author: 馮進=写真·文 Year 2004 Issue 9 PDF HTML
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175. 詩人、学者、宗教家たちのふるさと
江西省北部に位置する廬山は現在、中国で唯一の「自然と文化景観遺産」といわれる名勝区である。その名勝区は、山上の牯嶺、山の南側とぶもとの東林、潯陽、石鐘山、竜宮洞、鄱陽湖など7つの部分で構成される。なかでもふもとの5大景観区には数多くの史跡と名勝があり、山上の遺跡と相呼応して、すばらし景観を形作っている。潯陽楼に登るどんよりとした厚い雲が江西省九江市の上空を覆い、逆巻く河川とともに薄暗い風景を生みだ
Author: 馮進=写真·文 Year 2004 Issue 11 PDF HTML
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176. 姿を消した大連の旧日本人街―智仁街
智仁街。ここは、大連市解放路東側の坂道に建てられた、和風の住宅建築群である。いや、あったと言うべきだろう。今は取り壊されて、姿を消したからである。この住宅群は、日露戦争が終わった後、日本の将校用住宅として建てられ、百年の歴史があった。最初の名前は「桜花台」だったが、解放後「智仁街」と名を改めた。取り壊される前に、住民たちの話を聞いた。一九五九年に智仁街松風巷に引っ越してきたという耿じいさんは、黒い
Author: 魏壁=写真·文 Year 2005 Issue 6 PDF HTML
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177. 春巻(チュンジュエン)
春巻(チュンジュエン)は、文字通り、春にいただく食べ物だ。春になると春巻を食べる中国人の習慣は、多くの史籍に記されている。しかし今では、年中いつでも春巻を食べることができる。というのも温室栽培があるし、電気冷蔵庫もある。いつでも新鮮な材料が手に入るからだ。春巻はもはや携帯用の軽食やファストフードになっている。しかし、やはり多くの中国人は、春になると、とりわけ立春を迎えると「春巻を食べよう」と思うの
Author: 郭実=写真·文 Year 2003 Issue 3 PDF HTML
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178. 清·澄泥瓦式硯
硯は中国の伝統工芸品のひとつである。筆、墨、紙と合せて文房四宝と呼ばれているが、実用性と芸術性を兼ね備えた硯は、中国の長い文明を物語るものと言える。硯の原形が出来上がったのは、原始氏族社会の後期。秦代になって今の形のものが登場する。古代の硯には玉硯、瓦硯、陶硯、銅硯、鉄硯、銀硯、石硯などがある。現在四大名硯とされているのは、広東省高要の端溪硯、江西省婺源の歙硯(きゆうけん)、甘粛省臨洮の洮硯、山西
Author: 写真·文 孫克譲 Year 1989 Issue 6 PDF HTML
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179. 民芸品に没入する爾冬強さん
シリーズ「コレクター訪問」の第2回は、上海に住む爾冬強さん。その心をとらえ、その生活の中にどっかと腰をすえ、狭い家をますます狭くしているのは、日本の追儺(ついな)(鬼やらい)のルーツかと言われる「儺戯(ヌオシー)」の仮面、雑囊(ざつのう)、ぬいぐるみ、木版年画、泥細工、竹細工など、さまざまの民芸品だ。爾さんは32歳、フリーのライター兼カメラマンで、香港や台湾のグラフ雑誌などにしばしば寄稿し、また『
Author: 写真·文 魯忠民 Year 1991 Issue 4 PDF HTML
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180. 日本の家庭から中国の小学校へピアノ700台とエレクトーン100台
一月の末、中国児童少年基金会の招きで、日本の「アジア音楽センター」の代表若林千恵子さんと、崎谷延好氏、小林一三氏の三人が北京に来られた。声楽家の若林さんは、少女時代から中国音楽が好きで長年にわたって中国の歌曲を日本に紹介したり、中日両国語で編集した歌集を日本で出版したり、また何十回も中国に来て歌われるなど、中国でよく知られている「好朋友」だ。五年前、偶然の機会に中国の小学校でピアノが不足しているこ
Author: 写真·文 王長青 Year 1991 Issue 6 PDF HTML