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Your search : [ author:写真·文 何竜盛] Total 488 Search Results,Processed in 0.078 second(s)
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341. 百を超す四合院がひしめく
中国の大河·黄河が晋陝(山西·陝西両省)峡谷をくぐりぬけ、伝説上の大禹(たいう)が治水し、掘り起こしたという竜門につくと、その流れはかつ然と開かれていた。黄河の西岸にあたる陝西省側に、歴史的な文化都市―韓城市がある。ここは、中国最初の通史『史記』をまとめた文化人司馬遷(しばせん)のふるさととして有名である。また近年、韓城市の党家村という集落はその知名度がますます高まり、視察や観光の絶好のスポットと
Author: 魯忠民=写真·文 Year 2004 Issue 6 PDF HTML
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342. 生活感あふれ、人間味ある彫像群
宝頂山摩崖石刻は、重慶市大足県城(県庁所在地)の北東約15キロの宝頂山に位置している。ここの摩崖造像は大仏湾を中心に、さらにその周囲17カ所に分布、石刻造像は含わせて1万体以上にも上るという。宝頂山摩崖石刻のなかで、大仏湾はその規模最大、もっとも完全なまでに保存された場所である。宋の名僧·趙智鳳の指揮のもと、南宋の淳熙年間から淳祐年間まで(一一七四~一二五二年)七十数年にわたり、次々と造営されて、
Author: 写真·文=劉世昭 Year 2004 Issue 7 PDF HTML
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343. 美しい本をつくりたい
寧さんは改革·開放初期に、日本での研修のチャンスに恵まれ、いち早く系統的に外国の最新書籍デザインを学んだ中国人の一人である。当時はちょうど、中国出版業が大きく成長しはじめた時期で、彼は中国への外国のデザイン理念の紹介に努め、中国書籍に新しい風を吹き込んだ。一九九二年にデザインした図鑑『宜興紫砂壺』は、「香港特別行政区政府と印刷芸術学会図書金賞」をはじめ、デザイン、製版、印刷などの八つの賞を受賞した
Author: 魯忠民=写真·文 Year 2004 Issue 7 PDF HTML
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345. ITの世界を泳ぐ
AM6:30起床、歯磨き、洗顔、ひげそり。AM6:50朝食。温めた牛乳とトースト。AM7:30イベント参加のため、バスで菜戸営(北京市の南)にある『北京娯楽信報』社(新聞社)へ。AM8:20『北京娯楽信報』社に到着(ふだんは朝八時に新浪ネットに出社)。AM8:30新浪ネットと同社が共催するワイヤレス接続(携帯電話を使ったパソコンのインターネット接続)体験イベントに、ユーザーの一人として参加。AM9
Author: 楊振生=写真·文 Year 2004 Issue 9 PDF HTML
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346. 豪商の繁栄しのばせる古建築群
中国安徽省南部の丘陵·山岳地帯には、内外に知られる景勝地·黄山のほか、きわめて特色をもった明·清代の古い民家が数多く残されている。隣接する浙江省西部や江西省北部とともに、古代の「徽州」に属していたため、それらの民家は学者たちに「徽派建築」と称されている。黟県西武郷にある関麓村は「徽派建築」の残る集落で、徽商(古代徽州の商人)の血縁者が集まる典型的な場所である。黄山は、古く「黟山」と呼ばれた。そのた
Author: 魯忠民=写真·文 Year 2004 Issue 10 PDF HTML
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347. 勉強に遊びに大いそがし
馬子璇ちゃんは、笑顔の絶えないお絵描き好きな女の子。最近は、日本のアニメ『カードキャプターさくら』に夢中だ。バービー人形で遊ぶのも好きだが、あまり自由になる時間はない。それもそのはず。彼女の両親が、授業のほかにもダンスクラブ、卓球学校、オリンピック数学塾と、いろんな課外活動に参加するよう手配しているからだ。子璇ちゃんは、「もっと遊ぶ時間がほしい。テレビを観るだけでもいいのにな」という。彼女が一番好
Author: 楊振生=写真·文 Year 2004 Issue 10 PDF HTML
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348. 三大祭りもにぎやかに
北京を発った澳門(マカオ)航空機は、雲間をぬって海上をかすめ、澳門空港にゆるやかに着陸した。この空港の滑走路は、海を埋め立ててできたものだ。前回も案内してくれた友人の許さんが、早くも到着ロビーで待っていた。「劉さん、五年ぶりですね。よく見てください。澳門はすっかり変わりましたよ」。彼は、買ったばかりのトヨタ自動車で来たのだった。ゆとりのある楽しい生活を送っていることが、そこからはうかがえた。その後
Author: 劉世昭=写真·文 Year 2004 Issue 11 PDF HTML
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349. 自立の夢叶うその日まで
田晶さんは勝ち気で向上心が強い女性だ。最近、同僚と一緒に古筝(こそう)(琴)を買い、自ら習い始めたが、必ず上手になってみせると勢い込んでいる。すでに何曲か演奏できるようになり、始めは半信半疑だった友人たちも彼女のことを笑うことはできなくなった。「紫竹」茶芸園に来る前の職場のマスターは、スタッフを大切に扱わず、彼女は理由もない叱咤にあきれ辞職を申し出た。マスターに引き止められたが、「こんなマスター、
Author: 楊振生=写真·文 Year 2004 Issue 11 PDF HTML
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350. 千年の古民家たたずむ『菊豆』の故郷
一九八〇年代末、中国の著名な監督·張芸謀(チャン·イーモウ)は、映画『菊豆(チュイトウ)』を撮影するため、ロケ地の手がかりを本誌『人民中国』に探っていた。そして、当時掲載されていた安徽省黟県の「徽派建築」の写真を見たとたん、目の色を変えた。八九年秋、張芸謀は、映画スターの鞏俐(コン·リー)をはじめとする製作スタッフを率いて、安徽省黟県南屏村へ、ロケに出かけた。『菊豆』は、解放前の中国の染物屋を舞台
Author: 魯忠民=写真·文 Year 2004 Issue 12 PDF HTML