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Your search : [ author:写真·劉世昭(リウシーチャオ)文·若 虹] Total 177 Search Results,Processed in 0.103 second(s)
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161. 石姑嶺ものがたり
とんと昔、虎頭山(フートウシヤン)のふもとには、松がこんもり茂つておつた。その松林のなかに、大勇(ターユン)という若者が住んでおつた。大勇は、畑をつくつたり、山で猟をしたりして、くらしておつた。ゲンコツをかためて石をコナゴナにうちくだくほどの力持ちだつたから、そのあたりに誰知らぬものはなかつた。大勇には、仲のよい友達があうた。阿松(アスン)という村でも評判の娘で、機(はた)おりや針仕事にかけては、
Author: 整理·王燮(ワンシエ) え·虹霖(ホンリン) Year 1958 Issue 12 PDF HTML
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162. 牛郎と織女
むかしむかしあるところに一人の男の子がおりました。両親(ふたおや)はとうに亡くなつて、兄夫婦といつしよにくらしていました。兄夫婦はこの弟につらくあたりました。食べものといえば兄夫婦が食べのこしたものしかあたえず、着物はボロボロの着物をきせ、夜は牛小屋の干草のなかに寢かせました。この男の子には名前はありませんでしたが、村の人たちはこの男の子がいつも牛の番をしているところから牛郞(ニユウラン)とよんで
Author: 整理 俞文 かげえ 虹霖 李玉紅 Year 1959 Issue 10 PDF HTML
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163. 中国一の雑貨市場で栄える義烏
義烏(イーウ)市は浙江省の中部にある人口六十万の地方都市である。この十数年来見る見る発展を遂げ、中国最大の雑貨卸し売り市場を擁する町になった。卸し売り市場の名は「中国小商品城」。五十万平方メートルの広大な売り場で二万六千の屋台店が三万種余りの品物を商っている。毎日平均十五万人の客が商品の買い付けにやって来るという。義烏人は約十万人が全国各地で商業に従事しており、また各地の二千を超える商店やメーカー
Author: 写真·馮進(フォンチン) 文·若虹(ルオホン) Year 1998 Issue 4 PDF HTML
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164. 友好のニシキゴイ108尾を贈る
昨年の中日国交正常化二十五周年に当たり、新日本平和貿易の平沢要作社長は、両国の友好がいつまでも続くようにとの願いを込めて、日本の“国魚”ニシキゴイ百八尾を中国に贈った。十一月二十五日、北京の釣魚台(ティアオユータイ)国賓館で日本側のニシキゴイ寄贈団百六十余人と中国側の各界人士が出席して贈呈式を挙行。参会者たちは、特に中国の指導者に贈られ、庭の池に放たれた二十五歳の上等なニシキゴイ八尾を鑑賞した。国
Author: 写真·馮進(フォンテン) 文·若虹(ルオホン) Year 1998 Issue 4 PDF HTML
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165. 機構改革で国家公務員を半減
最近北京では、多くの政府機関の建物の前で三々五々仲間と一緒にカメラに収まる公務員たちの姿をよく見かける。今年から始まった国務院(政府)の機構改革で調整·撤廃される部門の姿をとどめておこうという記念撮影である。中高年の公務員たちも、長年務めた政府機関が消え去るのを惜しみながらも、新しい職場をあっせんされればそれに従うと機構改革の重要性に理解を示す。二十歳を過ぎたばかりの女性公務員は自信たっぷりに言う
Author: 写真·劉世昭 文·若虹(ルオホン) Year 1998 Issue 7 PDF HTML
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166. 歌舞伎の悲壮美に感動
七〇年代末、私は北京大学の学生だった。当時中国人学生はルームメートとして留学生寮に入ることになっていたので、私も日本人留学生と付き合う機会を持った。日ごろの接触の中で私は、勉強好きな日本人ルームメートが意外にも中国の京劇や漫才が好きだということを発見した。また中国語学部で学んでいる日本人学生のために、私ともう一人の北京出身のクラスメートが、老舎の小説の一部をテープに録音したことがあるが、言葉の大家
Author: 夏(シアー)暁(シャオ)虹(ホン) Year 1998 Issue 9 PDF HTML
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167. マイホーム時代の新生活
中国では近年、都市住宅制度改革(住宅改革)が進められてきた。中国の住宅は、福利住宅(勤務先から賃貸する公有住宅)から商品住宅(使用権、所有権などを個人が購入する私有住宅)に変わり、住宅を手に入れる方法も、「住宅分配」を待つスタイルから、個人の経済力をよりどころにした「商品住宅購入」に変わった。そして住宅こそが、庶民の最大の私有財産となった。こうした一連の改革は、生活に多くの変化をもたらしただけでな
Author: 文·侯若虹 写真·郭実 魯忠民 馮進 Year 2001 Issue 12 PDF HTML
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168. 三峡に実った百年の夢
長江は、多民族国家·中国の母なる川である。長江を開発、利用することは、中国人が百年来描いてきた夢だ。そんな夢を実現するため、世代を超えて、構想、測量調査、設計、研究、論証が繰り返されてきた。そして一九九二年、中国第七期全国人民代表大会第五回会議にて、『長江三峡ダム建設プロジェクトについて』の決議が採択され、一九九四年十二月十四日、三峡ダムプロジェクトが正式にスタートした。十年後の今日、三峡ダムは、
Author: 侯若虹=文 中国新聞社=写真提供 Year 2003 Issue 9 PDF HTML
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169. 『中国の赤い星』の延安を訪ねる
六十年前の中国は、国も弱く、人々も貧しかった。毎年のように続く内戦や日本帝国主義の侵略によって、民衆の生活は塗炭の苦しみの中にあった。当時、延安は、中国共産党の西北地区の解放区であった。黄土高原にあり、生活の苦しい小さな都市ではあったが、きらめく一つの赤い星の如く、中国民衆に新たな希望をもたらしたのだった。 今年は、世界の反ファッショ戦争勝利六十周年にあたる。中国の反ファッショ戦争を指揮した中国共
Author: 侯若虹=文 馮進 劉本平=写真 Year 2005 Issue 7 PDF HTML
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170. 中国の働く女性の喜びと憂い
毛沢東主席の「女性が天の半分を支える」という言葉から「半辺天」と呼ばれ、男性と伍して奮闘し、中国社会を支えてきた中国の女性たち。女性も生涯働くことが前提の社会では、誰もが同じような条件の中で、競争をさほど意識することなく守られていた部分も多かった。 近年の急速な経済発展に伴い、ワーキングスタイルやライフスタイルも多様化し、中国の働く女性たちはかつては考えもしなかった悩みや苦労を抱えるようになった。
Author: 高原 張春侠 侯若虹=文 馮進=写真 Year 2007 Issue 5 PDF HTML