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Your search : [ author:秦泥 孫聡宝] Total 75 Search Results,Processed in 0.102 second(s)
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1. 解放前の545年と解放後の25年
グラビア参照中日両国の国交正常化後、天津が神戸と友好都市になってからもはや一年近くになる。天津とはどんな都市なのだろうか?天津の過去と現在の姿は?これは日本の友人たちがいま関心を持たれていることではなかろうか。ここに本誌記者の現地ルポを素材としてご紹介しよう。天津は中国の数ある有名都市のうちでも、かなり新しい都市である。北京、上海に次ぐ第三の中央直轄市で、人口(近郊もふくめて)四百三十万、面積四千
Author: 秦泥 孫聡宝 Year 1974 Issue 5 PDF HTML
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2. 祖国の大陸はこんなに変わった
今年の四月、もと国民党の陸軍少佐、台湾中華航空公司の編訳(編集と翻訳)趙明哲氏は、暗黒をすてて光明をもとめ、祖国の大陸へ帰ってきた。趙明哲氏は、関係部門の招待で、北京、保定、鄭州、天津、武漢、広州などをあいついで訪問し、工場、学校、港湾、人民公社を参観し、名所古跡に遊んだ。記者は、各地を訪問して北京に戻ってきた趙明哲氏にインタビューした。趙明哲氏は、祖国の大陸に帰ってからの感想をよろこんで語ってく
Author: 本誌記者 孫聡宝 Year 1973 Issue 10 PDF HTML
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3. ベトナム当局による華僑迫害
中国·ベトナム国境地帯に取材してわれわれ一行は、中国民航機の北京―ハノイ定期便に乗って、広西チワン(壮)族自治区の主都である南寧市に向かった。乗客は、ヨーロッパ人十数名を除いて、すべて途中の南寧で降りた。華僑追放というベトナム当局の無法な行為は、中国·ベトナム両国間の友好関係を踏みにじり、この空路もいつの間にか暗雲が立ちこめるようになった。受難華僑の取材に広西へゆくわれわれも、重苦しいムードをひし
Author: 田潔雲 孫聡宝 Year 1978 Issue 9 PDF HTML
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4. ほほえむ山々
この七月、わたしは、以前からその名を耳にしていた建明(チエンミン)人民公社を尋ねた。この公社は、河北(ホーペイ)省遵化(ツンホワ)県にある。ここは有名な万里の長城の南にあたり、いぜんは、ほとんど外部からしや断され、ひじようにたちおくれたまずしい山地だつた。一九五二年、二三戸の貧農がはじめての初級農業生産協同組合をつくつたころ、組合の財産といえば、やせた土地と、三本のロバの足([注释1])だけだつた
Author: 秦泥 Year 1961 Issue 10 PDF HTML
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5. 果物屋から果樹園へ
中秋節のくだもの市場さいきん、ほかの用事があって、ひさしぶりに西単(シータン)を歩いてみた。いつのまにか、西単広場に、大きな日よけができている。西単は北京(ペイチン)市内の西の目抜き通りだけにいつもにぎやかなところだが、日よけのできたあたりのにぎわいといったら格別だった。好奇心にかられて、のぞいてみたら、商業局がその中に臨時に設けたくだもの店だった。十何人の店員が忙しそうにはたらいている。どっさり
Author: 秦泥 Year 1962 Issue 11 PDF HTML
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6. 集団経済の強味―東郭村をたずねて
わたしのめざす村は東郭(トンクオ)だった。一〇〇〇余名の住民と二〇〇〇ムー(一ムーは六·六六七アール)の土地をもつ村で、山東(シヤントン)省曲阜(チユイフー)県陵城(リンチヨン)人民公社の生産大隊のひとつ。曲阜は人も知る古代中国の大哲学者孔子のふるさとである。その曲阜の東南ほぼ八キロのところに東郭がある。村を漫歩する昨年の暮れのある昼さがり、わたしは東郭についた。村は静まりかえっていた。冬の農閑期
Author: 秦泥 Year 1963 Issue 2 PDF HTML
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7. 中国五大湖のひとつ―太湖のほとり
二千二百平方キロあまりの広さがある太湖は江蘇省と浙江省の二つの省にまたがり、中国の有名な五大淡水湖[注释1]の一つである。長江(揚子江)や銭塘江などの川の流れが、長年土砂を東海にもちはこび、それらが堆積されて江南一帯の肥沃な地をつくり、とりのこされた海が湖となったのが今日の太湖なのである。太湖の景色はその豊富な物産と同様に五大湖の中でも屈指のものといえよう。去年の秋もなかばを過ぎたころ、私は美しく
Author: 秦泥 Year 1974 Issue 3 PDF HTML
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8. 山奥の鉄鋼コンビナート
渡口市への旅北京から飛行機で西南にとぶこと三時間で成都につく。ここは中国各省のなかでもいちばん人口が多い四川省の省都である。成都から「成昆」(成都―昆明)鉄道で南下し、こんどの旅行の目的地である渡口市に到着した。渡口市はここ数年らいはじめて地図に名前がのるようになった新しい工業都市である。四川省と雲南省の境にあるが、この新しい町が、この地区の新しい鉄鋼工業基地である攀枝花(パンヅホワ)鋼鉄公司の出
Author: 秦泥 Year 1979 Issue 7 PDF HTML
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9. 杜牧の「杏花村の酒家」はいま…
清明時節雨紛々, 路上行人欲断魂。 借問酒家何処有? 牧童遥指杏花村。 清明の時節、雨紛々(ふんぷん)、 路上の行人、断魂を欲す。 借問す酒家は何処(いずく)にありや、 牧童
Author: 秦泥 Year 1981 Issue 3 PDF HTML
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10. 封建王朝の夢のあと―金陵
南京は、むかし金陵といった。紀元二二九年から五八九年までの三百余年間、あい前後して、呉、東晋、宋、斉、梁、陳など六代の都として登場したので、歴史上、六朝の古都とよばれている。そこは、長江の南岸で、周囲が山々にかこまれている。麗しい景色、山河のたたずまい、そして劇的な悠久の歴史に満ち、千数百年らい、歴代の詩人によって詩歌にうたわれつづけてきた。こうした金陵をたたえる古い詩のなかには、筆者の好きな中唐
Author: 秦泥 Year 1981 Issue 5 PDF HTML