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Your search : [ author:写真佐渡多真子
文 原口純子] Total 4070 Search Results,Processed in 0.076 second(s)
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2571. 滄州市で「徐福シンポジウム」
河北省滄州市で去る五月、「徐福千童国際学術シンポジウム」が開かれ、日本、韓国および北京、台湾、山東、江蘇各地から約七十名の研究者が参加した。徐福とは、約二千年前の秦代の方士で、始皇帝の命を受け、数千人の童男童女、もろもろの職人を引き連れ、仙薬を求めて東へ海を渡った人物として、『史記』に記載されている。河北省塩山県千童城がその出航の地とされ、日本の佐賀、熊野などに渡来したとの伝承が残り、近年、内外の
Author: 写真·文 張汝亮 王宝玉 Year 1997 Issue 9 PDF HTML
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2572. 長江の令嬢―ヨウスコウカワイルカ
長江にはヨウスコウカワイルカ(以下バイジーと略称)と呼ぶ哺乳動物が生息している。清代の有名な作家である蒲松齢(聯斎志異の作者)が、これを純情可憐な娘に仕立てて感動的な純愛物語を書いたので、バイジーに長江の令嬢という美名がついた。声を頼りに生きるバイジーは流線型をしており、姿が美しい。長い口と、三角形の背びれ、大きく偏平な尾びれを持ち、水中では上下に泳ぎ回り、自在に反転する。眼が豆粒のように小さいの
Author: 写真·文 王克雄 王丁 Year 1997 Issue 9 PDF HTML
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2573. 清·青花纏枝蓮螭耳両截瓶
清の宮廷で用いられた磁器は鑑賞用と日用品の二種に大別される。鑑賞用には瓶、酒器の尊や觚、各種の祭祀用品などがあり、清代の磁器の中で大きな比重を占め、造形、上絵付け、文様などすべての点で高い芸術性を持っている。瓶、尊、觚は礼器としては古く商·周時代の青銅器までさかのぼり、宋代以後は本来の用法を離れて花器として鑑賞されるようになった。清代の画家陳枚の『月漫清遊』には宮廷の女性たちの四季の生活が様々に描
Author: 写真·馬暁旋 文·劉煒 Year 1997 Issue 9 PDF HTML
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2574. 由緒ある天師道の祖庭―竜虎山(下)
筏に乗って瀘渓河を下っていると、美しい山水に身も心も溶け込み、おのずと遠い昔に想像が走る。もし祖天師張陵に蜀に赴いて天師教を開くという信念がなかったら、どうしてこの山紫水明の地を離れることができたのだろう。蜀のけわしい山道を上り下るとき、彼はきっと竜虎山の絵のような山水を脳裏に浮かばせていたことだろう。そしてのちに鶴鳴山、青城山で送った日々に、幾度となくかつて三十年間を過ごした掛け替えのない楽土の
Author: 文·楊天乙 写真·郭実 Year 1997 Issue 10 PDF HTML
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2575. 秋の色
平生長夏(へいせいちようか)を畏(おそ)れ 一念清秋(いちねんせいしゆう)を願(ねが)う 如何(いかん)ぞ秋(あき)の至(いた)るに遇(あ)えば 喜(よろこ)ばずして却(かえ)って愁(うれ)いを成(な)すや 書冊(しよさつ)は秋(あき)に読(よ)む可(べ)く 詩句(しく)は秋(あき)に搜(さが)す可(べ)し 永夜(えいや)は宜(よろ)しく痛飲(つういん)すべく
Author: 文·李順然 題字·絵 于叔方 Year 1997 Issue 10 PDF HTML
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2576. 鄭天瑋(ツォンティェンウエイ)
北京市出身。 幼児の頃、小児マヒを患うが、74年からバレエ教室に通い、81年北京人民芸術劇院俳優部に入団。 90年話劇『雷雨』の四鳳役で評価され、94年映画『砂と草と太陽』に主演、プラハ国際映画祭でゴールデン大賞受賞。 97年劇作処女作の話劇『古玩』を北京人芸創立45周年記念作品として自ら演出。北京人民芸術劇院(北京人芸)を代表する女優、鄭天瑋はこれまでに曹禺の名作『雷雨』の四鳳、『北京人』の瑞貞
Author: 写真·孫占涛 文·殷智賢 Year 1997 Issue 10 PDF HTML
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2577. 学友の背に支えられ社会へ
写真で車椅子に座っている女性が蘇丹である。広州の暨南大学計算器科学部の学生で、学友の背に支えられ、この夏、四年の学業を終えた。華南師範大学付属中の頃、ダンスの得意な少女だった。高校生の十七歳のとき「脊髄性血管奇形」を患い、杖を手放せなくなった。学友たちは彼女を背負って教室、図書館、食堂の行き来を助けた。九三年、全国大学選考試験で七二四点の好成績を収め、暨南大学計算器科学部に入学した。この障害のある
Author: 写真·史学浩(提供)文·宇星 Year 1997 Issue 10 PDF HTML
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2578. たおやかな東洋の宝石―トキ
東洋の宝石と讃えられるトキはアジアの東部に広く生息していたが、七、八〇年代になるとほとんど姿を消しており、一九八一年に中国の陝西省洋県で七羽の野生トキを発見して世間の注目を浴びた。二年後、林業部は「陝西省洋県トキ保護観察所」を設け、一九八六年には北京動物園が「トキ養殖センター」を作ってトキの人工繁殖、転地保護の研究を開始した。今日では、陝西省洋県のトキが八〇余羽まで増え、北京動物園の人工繁殖組を加
Author: 写真·翟天慶 文·北洋 Year 1997 Issue 10 PDF HTML
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2579. 清·紫檀木楼亭式時刻更鐘
故宮博物院の特別展示館の中で、広い層の興味を集め人気があるのが、時計館である。清代宮廷のコレクションから数百点が展示され、原産国にも残されていない貴重な品も多い。機械時計はヨーロッパで13世紀に発明され各地に広まったが、中国への渡来も早かった。宣教師たちが宮廷への贈り物として用い、この珍しく精巧な品はたちまち皇帝たちに寵愛された。宣教師たちはこうして皇帝の信頼と歓心を手にし、中国での布教に役立てた
Author: 写真·劉志崗 文·関雪玲 Year 1997 Issue 10 PDF HTML
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2580. 杭州に抱朴道院を訪ねる
杭州の西湖の北岸にある葛嶺は、標高わずかに一六六メートルの山だが、有名な道教の理論家、煉丹家、医学者である葛洪(かつこう)(二八四~三六四)にちなんで名付けられた道教の名山である。葛洪は道号を抱朴子といい、道教の経典『抱朴子』を著した。そのため葛洪を祭る山中の道院は后世の人びとから「抱朴道院」と呼ばれてきた。風光明媚な西湖は四季を通して観光客で賑わう。だが西湖から一キロ足らずの抱朴道院は俗世間を離
Author: 文·楊天乙 写真·郭実 Year 1997 Issue 11 PDF HTML