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Your search : [ author:梁暁声 え·陳玉先] Total 30 Search Results,Processed in 0.097 second(s)
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11. 忘れ得ぬ人
昨秋のある午後のことであった。甄家荘(ゼンヂヤゾワン)から駅にむかう途中、わたしは一台の荷馬車に便乗した。いく束かの麻袋が置かれてあった荷馬車には、おおかた駅へでも行くのだろう、一人の軍人が乗っていた。軍人は三十歳あまり、上背のある、肩幅の広い、がっしりとした体格で、チラッと見たときは堂々たる力士を思わせたが、その顔に目をやったとき、わたしはハッとした。眉毛の端から頰にかけて刻まれた一本の傷あと、
Author: 馬烽 え·陳玉先 Year 1978 Issue 7 PDF HTML
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12. 出札口 (上)
一去年の三月、他省での取材をおえ、汽車で新聞社へ帰る途中のことである。混み合った車内で、わたしはやっと空席を一つみつけた。向かい側の席には、農民らしい中年の人が二人で何やら相談していた。聞くともなく聞いていると、西安で下車してから、戸県へ行くその日の長距離バスに乗れるかどうかを心配しているのだった。「それなら、午後二時にバスがありますから間に合いますよ」と窓ぎわの座席からとつぜん声がした。二十四、
Author: 莫伸 え·陳玉先 Year 1978 Issue 10 PDF HTML
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13. 出札口(下)
前号のあらすじ わたしは取材の帰途、汽車のなかで西安の交通事情に明るい若い女性に出合った。数日後、鉄道従業員の業務向上をはかるコンクールが開かれたさい、同僚の石君と取材にいき、そこでまた、この女性を見かけた。彼女はコンクールに参加していたのだ。わたしはその女性に興味をおぼえ、石君と連れだって彼女を駅の出札室に訪ねる。 その女性は韓玉楠といって、某駅の出札係り。一九七四年、この仕事に配属されたが、最
Author: 莫伸 え·陳玉先 Year 1978 Issue 11 PDF HTML
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14. 傷痕(しょうこん)
旧正月の大晦日の夜。列車の窓からは遠く近く色とりどりの灯火が見えがくれするだけで、ほかには何も見えない。もう一九七八年の春節なのだ。暁華(シアオホワ)は窓から目をはなして、時計を見た。ちょうど零時をすぎたところだった。額のおくれ毛をそろえて長いお下げを後にやり、少しはれぼったく充血した目をこすると、彼女は窓ぎわに掛けてある古びたショルダーバッグから、小さい鏡をとり出した。そして車内灯のほうに向きな
Author: 盧新華 え·陳玉先 Year 1979 Issue 1 PDF HTML
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15. 冤罪(上)
一一九七五年[注释1]八月のことである。一九三八年に革命の隊列に加わった中国共産党員、王公伯は、農村にある幹部学校から、もとの職場の省公安局にもどってきた。この初老に入った人民警察官は、省公安局のビルの廊下を、踏みしめるような足どりで歩いていった。どのドアも、どの階段も、彼にとっては見馴れたもののようであり、また初めて見るもののようでもあった。戦争中は、敵の司令部だった建物である。地下党の対敵工作
Author: 王亜平 え·陳玉先 Year 1979 Issue 2 PDF HTML
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16. 冤罪 (中)
四初冬に入ってある夜のことだった。王公伯は雪どけのぬかるみ道を歩いていた。空気は冷たく身を切るようであった。防寒服で身をかためた王公伯はいつものように手をズボンのポケットにつっこみ、歩きながら考えつづけていた。この一カ月の間におきた一連の事がらから裴副局長の存在がしだいに浮かびあがってきた。裴発年の態度は強引であり、王公伯の方もそれに負けてはいなかったから、両者の間には自然と緊迫した空気が醸しださ
Author: 王亜平 え·陳玉先 Year 1979 Issue 3 PDF HTML
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17. 冤罪 (下)
〈前号までのあらすじ〉 これは、一九七五年から七六年にかけ、中国の現代化をはかろうとする路線と、これに反対する「四人組」の極左路線との間に、一進一退する激しい戦いが展開されていたころの物語である。 老警察官の王公伯は、党中央の方針にもとづく省公安局の鄭局長の命令で、冤罪を蒙ったと思われる人びとの再審査を担当していたが、警察学校教官時代の教え子陳清水が隊長をしている労働改造農場で服役中の囚人·白舜の
Author: 王亜平 え·陳玉先 Year 1979 Issue 4 PDF HTML
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18. 瀘定橋の戦い
光栄ある任務一九三五年五月二十五日、赤軍第一師団第一連隊は、安順場で大渡河の渡河に成功した。しかしここは、流れが激しすぎて橋をかけることができず、また渡し場には小舟が数隻あるだけで、一回往復するのに数十分はかかる。数万の大軍がもしこの数隻の小舟で渡河するとすれば、何日かかるか知れたものでない。同時に、蔣介石は四川軍閥の楊森の部隊などに、大渡河の渡河点をしっかり封鎖しておくよう命令し、他方では薛岳と
Author: 楊成武 え·陳玉先 Year 1979 Issue 7 PDF HTML
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19. 守衛さんのひっこし
その朝早く、工場の倉庫の守衛をしている李老楽は、本局の人民来信来訪弁公室[注释1]へやってきた。早く来すぎたようで、正面入口はまだ閉まっており、あたりはひっそりしている。前庭に、大きなアカシアの木が数本、ささやくように、風に葉をならしている。その下で、彼と同じくらいの年恰好のおやじが、ほうきを片手に、垣根にそって、静かに落葉を掃いていたが、李老楽の姿をみつけると、「やあお早ようさん」と笑顔を向けて
Author: 未燎 え·陳玉先 Year 1979 Issue 8 PDF HTML
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20. 安平平(アンピンピン)
これは会ったこともない娘さんの名前だが、私はこの名を忘れないだろう。その日、明け方の四時に北京駅に着いた私は、五時に旅館の合い部屋に入ると、ふとんを引っかぶっるなり、たちまち寝入ってしまった。何時ごろだろうか、若い男が同室の客を相手に何か話しているのがきこえてきた。私は寝がえりして、もう少し眠ろうと目をとじたが、こんどはなかなか寝つかれない。しぜん、ふとんのなかの聴衆という形で、耳をかたむけること
Author: 劉暁峰 え·陳玉先 Year 1980 Issue 3 PDF HTML