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Your search : [ author:グラフ参照 本誌記者] Total 323 Search Results,Processed in 0.096 second(s)
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141. 長江の第一湾曲部を行く
カラー参照金沙江のほとりにある林業区に別れを告げて、われわれは流れにそって下った。車は曲りくねった谷間の自動車道路を走る。両側はどこまでも密林がつづき濃霧がたちこめていささかうんざりした。突如として、視界が大きくひろがる。広びろとした河谷平原が目の前にあった。金黄色の小麦、ナタネ、緑したたる幼苗におおわれている。斜面いっぱいにクルミの木、ナシの木が……石鼓鎮(まち)についたのだ。この古い小さな町の
Author: 本誌記者 Year 1977 Issue 12 PDF HTML
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142. 中日友好
中華人民共和国展覧会の正門を入るとすぐ目につくのは、偉大な指導者、教師毛沢東主席と日本の元首相田中角栄先生が握手をかわしている大きな写真である。二千年の伝統的友誼をもつ中日両国人民は、この写真が示すあの歴史的な一九七二年九月を永遠に忘れないであろう。その月、田中角栄先生と当時の外相大平正芳先生が訪中し、毛沢東主席および周恩来総理とみのり豊かな会談をおこない、重要な歴史的意義をもつ両国政府の共同声明
Author: 本誌記者 Year 1977 Issue 60 PDF HTML
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143. 農業
展示面積九百平方メートルの農業の部には、中国農業の典型を紹介する模型や写真のほかに、多くの農産物、副業製品が展示されている。この農業の部は、新中国の農業、林業、牧畜業、副業、漁業の全面的な発展の状況を紹介している。穀物は年々豊作中国は昨年も農業の面で豊作をおさめた。これで、一九六二年いらい、連続十五年間豊作をかちとったことになる。いま八億の中国人民は衣食ともに不自由していない。解放前の食糧難はもは
Author: 本誌記者 Year 1977 Issue 60 PDF HTML
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144. 軽工業
社会主義中国は、人民の物質的·文化的生活をしだいに改善してゆくため、軽工業を非常に重視している。いまのところ、中国の軽工業は数十の大業種を擁し、製品の種類も数万にふえている。値段がやすくて質のよい軽工業製品絹織物を例にとろう。それは二千年をこえる歴史をもつが、現在のそれはさらにけんらん多彩なものとなっている。やわらかな肌触り、色彩のあざやかさを特徴とするプリントものにしても、金糸銀糸で織りなした錦
Author: 本誌記者 Year 1977 Issue 60 PDF HTML
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145. 重工業
重工業の部では、中国が自力で設計·製作した工作機械、電子計器、石油製品、高級合金鋼などをみることができる。そのなかには、はじめて日本で展示されるものもすくなくない。実物のほかに、工程をしめす模型、写真があり、映画も上映される。それは中国における重工業の発展ぶりを日本の友人が理解する上での助けになるだろう。解放前の中国にくわしい人は、そのころの中国がほとんどといってもよいほど近代工業をもっていなかっ
Author: 本誌記者 Year 1977 Issue 60 PDF HTML
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146. 文化
文化·芸術の部には、この数年間に中国で出版された書籍、雑誌および切手、民間切り紙、書などの一部が展示されている。書籍と雑誌このコーナーの中央に展示されているのは中国語や各国語で出版されているマルクス、エンゲルス、レーニン、スターリンの著作、毛主席の著作で、そのすべてがプロレタリア文化大革命いらい、再校訂のうえ出版されたものである。展示されている毛主席の著作としては、三十あまりの外国語版『毛主席語録
Author: 本誌記者 Year 1977 Issue 60 PDF HTML
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147. 玉龍山のふもと
カラーグラフ参照虎がひと飛びで渡った大峡谷長江の三峡はその雄大さと峻険なことで早くから世に知られている。それにひきかえ、類いまれな高山や深谷が連なっている金沙江両岸は、交通が不便なために、他の地方と隔絶していたので、長い間、人びとに知られていなかった。ちなみに、「虎跳峡」は世界でも指折りの雄大な大峡谷の一つなのだが、これを知る人は少ない。この峡谷は、雲南省の中甸県の橋頭という鎮(まち)から麗江県の
Author: 本誌記者 Year 1978 Issue 1 PDF HTML
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148. 黄河の愛児河套平原
内蒙古の草原に来てから、わたしたちがひたすら考えていたのは、この草原の穀倉―河套平原を訪ねることであった。「黄河は百をそこない、ただ一つ(つまり河套)を富ます」と古くから言われてきた。一体どんな点で富んでいるのか?河套平原の今日の姿は?黄河という「乱暴な母親」は、どうして河套という子供だけをこんなにも偏愛するのだろうか?今日の姿西から東に流れる黄河は甘粛省、寧夏回族自治区ならびに内蒙古自治区、そし
Author: 本誌記者 Year 1978 Issue 2 PDF HTML
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149. 蘆沽湖のほとり
グラフ参照私たち「長江取材班」は、金沙江に沿ってすすむうちに、ある日偶然、北京から来た中国社会科学院·民族研究所の人びとに出あった。彼らは興奮さめやらぬ面持ちで、「ここまで来て、蘆沽湖(ルーグーフー)を見にいかないのは何としても惜しいですよ。ほんとうに美しい湖です。それに湖畔に住むナーシー族の人びとは、早期対偶婚と母系制の家庭から一足飛びに、社会主義社会の段階に入ったのですからね。ぜひいっていらっ
Author: 本誌記者 Year 1978 Issue 2 PDF HTML
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150. 砂漠に緑地をつくる―烏審召(ウーシンチヤオ)の人びと
砂漠というと人びとはすぐ乾燥、炎熱、濛(ちう)々たる風砂、人跡まれな地などのことばを連想する。たしかに昔から砂漠は猛威をふるい、田園や牧場をうずめ、キャラバンをのみこみ、道路や村、町を埋没させてきた。今から二千五百年ほど前、エチオピア遠征にでかけたペルシア軍数万は、「砂の海」とよばれるエジプト西部の砂漠で風砂にのまれて全滅した。砂漠は今なお猛威を振い続けている。全世界で毎年約七万ヘクタールの田畑が
Author: 本誌記者 Year 1978 Issue 3 PDF HTML