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Your search : [ author:泉 京鹿=文
北京在住の日本人ライター·翻訳家] Total 65 Search Results,Processed in 0.120 second(s)
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1. 中国人の心を語るニーチェの研究者
北京市東部、外資系企業のビルの地下にあるスーパーマーケット内の書籍コーナー。ビジネスのノウハウ本から文芸書まで売れ筋だけを集め、多くが国内外の流行作家や経済人の著書、人気ドラマの原作、海外の翻訳物というラインナップに混じって、たびたび著作が並ぶ哲学者がいる。周国平氏だ。周国平氏は、中国社会科学院哲学研究所の研究員で、ニーチェ研究の第一人者として知られている。『尼采:在世紀的転折点上(ニーチェ:世紀
Author: 泉 京鹿=文 北京在住の日本人ライター·翻訳家 Year 2003 Issue 11 PDF HTML
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2. 世界遺産登録を目指す「中国南方カルスト」の奇観
昨年一月、中国は「中国南方カルスト」として、雲南省石林、貴州省茘波、重慶市武隆のカルスト地形をユネスコ世界自然遺産への登録を申請した。中国の急速な経済発展の波は山間部や森林地帯にも迫り、日々刻々と自然環境をおびやかしかねない昨今、自然景観や生態系を守り続けるのは、容易なことではない。
Author: 泉京鹿=文 泉京鹿 郝慧琴=写真 Year 2007 Issue 6 PDF HTML
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3. 被災地を支える四川省成都の矜持
Author: 泉 京鹿=文 胡月 原媛 呉亦為=写真 Year 2008 Issue 9 PDF HTML
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4. 漢代の簡
二〇世紀に入って以来、内外の考古学者たちは、いにしえの“絹の道”に人知れず埋もれた、漢代の兵器、道具、生活用品などの古文物を発掘してきたが、それら歴史資料の中でとくに注目に値するのは、一面に墨筆で文字を書写した「漢簡」と通称される竹木片である。これら漢簡の発見は、二千余年前の前漢の政治、経済、文化の研究に貴重な資料を提供しただけでなく、中国書道史の大きな空白をうめ、在来諸説の誤謬を訂正するのに役だ
Author: 黎泉 Year 1981 Issue 5 PDF HTML
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5. 人民公社はわが国の社会発展の必然的な産物である
中国人民の偉大な創造をあらわし、限りない生命力をもつ人民公社が誕生してからすでに一年たつた。人民公社は、工農業生産の大躍進の要求に応じて生まれたものであり、広はんな農民の社会主義的自覚の大きな高まりから生まれたものであつて、高級農業生産協同組合を基礎として発展してきた社会組織である。人民公社は、体制の整備をへて、強固で健全な発展の道を急速に前進しており、農業を発展させ、工業を支援するために偉大な貢
Author: 李井泉 Year 1960 Issue 1 PDF HTML
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6. 帰郷
革命家にとっては働く場所が家である。しかし、わたしは、自分のふるさとにどこよりも親しみとなつかしさを感じる。そのふるさとをあとにしてもう一年あまりになる。数日まえ、父から手紙がきた。ふるさとの昨年の収穫がよく、村人たちの生活もゆたかになり、新しい変化がみられるという。この一年間に、いったいどんな変化があったのか、早く知りたいものだと思った。旧正月のまえに、わたしはふるさとへ帰る機会をもった。わたし
Author: 張玉泉 Year 1962 Issue 5 PDF HTML
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7. 北京の夏のスポーツ
夏の北京(ペイチン)は目のさめるようなみどりにつつまれる。あちこちの公園や避暑施設には、心ゆくまで余暇をたのしむ人びとの姿がみえる。快晴のある日曜日、記者はカメラをもって、北京の夏のスポーツ·センターをいくつかまわってみた。プールで西城区の什刹海(シーサハイ)プールは、カッパ連中の天国だ。ここの入場者は、いつもは千のけただが、日曜、休日には万をこすといわれる。大多数をしめる夏休みちゅうの学生、生徒
Author: 張玉泉 Year 1962 Issue 8 PDF HTML
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8. 豆サッカーチームの話
ある秋晴れの日北京市(ペイチン)西城区(シーチヨン)の官園(クワンユワン)競技場にいってみたわたしは、グラウンドにはいったとたん、たちまち熱戦中のサッカー試合にみせられてしまった。選手たちはどれも十三、四歳そこそこのわんぱく盛りの少年たちだ。それぞれ赤と黄のユニフォームを身につけた両チームは、堂々たる陣をはって「戦術」をつくしあい、まさに白兵戦のさいちゅうだ。ボールがゆくさきざきに、火だまがぶっつ
Author: 張玉泉 Year 1962 Issue 10 PDF HTML
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9. 北京テレビ大学
まい朝、まだ夜があけきらないというのに、もう先生の顔がブラウン管にうつる。いきいきとした抑揚のある声で講義がはじまる……。テレビを前に聴講生がずらりとならび、一生懸命きいては、ノートする……これが北京テレビ大学の授業風景だ。名はテレビ大学というけれども、テレビ放送の技術を教える学校ではない。テレビ放送を通じて一定の科学知識を教授する新しい教育制度である。学校も普通の校舍があるわけでなく、各所に散在
Author: 張玉泉 Year 1963 Issue 1 PDF HTML
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10. 疲れを知らぬ老革命家 謝覚哉氏
最高人民法院長の謝覚哉(シエチユエツアイ)氏はことし八十歳の高齢にもかかわらず、国家と人民のために労苦をいとわず仕事にはげんでおられる。わたしは、つい先ごろこの老革命家の門をたたいた。謝老の宅は灰白色の小さな建物だが、幽雅な庭の真ん中にブドウ棚があり、両側には松柏が列をなして並んでいる。ゆったりとした感じの応接室で、記者は、謝老と夫人の王定国(ワンテインクオ)さんにお目にかかった。謝老は固くわたし
Author: 張玉泉 Year 1963 Issue 4 PDF HTML