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Your search : [ author:本誌 池倩] Total 981 Search Results,Processed in 0.111 second(s)
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1. 滝、少数民族、染物―魅惑の貴州省安順の旅
伝説によると、天の川の一部が地上に流れ落ちたとき、貴州省の黄果樹のいくつかの滝となり、星々は滝の近くに飛び散って多くの湖、淵、山、洞窟などになったという。この伝説通りの美しい風景に加え、少数民族独自の生活や文化に触れられる貴州省が、九〇年代の有力な観光スポットとして注目されるのも当たり前のことだ。この夏、貴州西部の安順地区を取材し、竜宮、天星、黄果樹のコースを回った。黄果樹の滝とミャオ族の人々黄果
Author: 本誌 池倩 Year 1997 Issue 1 PDF HTML
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2. 茶湯(チャータン)(北京)
正式な食事ではなく、食事と食事の間に食べる、お腹の足しになる簡便なものを「小吃」という。中国の小吃は種類が多く、地域や生活習慣によって違いがあり、伝統的な食文化の息吹が伝わって来る。今月号から各地の小吃をその由来から、作り方、特徴、趣などを紹介します。お楽しみ下さい。お正月の祭りとして、お寺や公園で催される廟会(ミャオホイ)まわりは、北京の人人にとって一番の楽しみである。廟会では小吃が欠かせないも
Author: 本誌·池倩 Year 1997 Issue 1 PDF HTML
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3. 中日の視覚障害者の懸け橋に
広々とした、きちんと整頓された応接室には様々な日本の小さな可愛い工芸品がきちんと三列に掛けられ、部屋の隅には日本の甲冑(よろいかぶと)が置かれている。ここは青木陽子さんの中国の家であり、彼女の仕事場でもある天津市視覚障害者日本語訓練学校である。視覚障害者教育事業の発展のために、青木陽子さんが三十を過ぎたところで中国に来てからもう三年になる。記者は先ごろ天津に行き彼女を取材した。中国にやって来た青木
Author: 本誌·池倩 Year 1997 Issue 3 PDF HTML
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4. 山西省と河北省を結ぶ太旧高速道路
一九九〇年、アメリカ人は衛星を経由して送られて来た映像を見て、中国の山西省では炭鉱労働者のストライキでも起こったのだろうと思い込んだ。なぜなら、山西省を出る道路は石炭を満載した車で埋もれ、いつまで経っても動く気配が見られなかったからである。アメリカ人には分かりにくいかもしれないが、それはほかでもなく、ひどい交通渋滞だった。長蛇のような列ができて七日間も動けなかったという。山西省は昔から道路事情が悪
Author: 本誌·池倩 Year 1997 Issue 11 PDF HTML
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5. 文房四宝の新顔-苴却硯
B5判大の長方形の硯がある。上部は荒い岩肌のままで、中央の墨池にはいく重にも広がる波紋と飛翔する仙女の模様が見とめられる。墨池の外側には天然の金線が十数本ついていて、その間に文字が刻み込まれ、硯全体が出土したばかりの形のくずれた古書に似ているので「残巻」と名付けられている。自然の趣と巧みな意匠を結び合わせた苴却(チユイチユエ)硯だ。硯石の出所苴却は四川省と雲南省との境界の攀西地溝帯にある。むかしは
Author: 本誌·池倩 Year 1998 Issue 1 PDF HTML
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6. 五万人のボランティアが活躍
天津市鋼管会社で技師を務める劉家義さんが仕事から帰って来ると、待ち受けていた妻から書き付けを渡された。「たいへんな損害をこうむったので早く来てもらいたい」とある。人様のめいわくになるようなことをした覚えはついぞないのだが、とりあえず夕食あとまわしで書き付けの住所へ急行した。着いた先は屋台店を出しているアイスクリーム屋さんだった。意外なことに三人家族の全員が唖者である。身振り手振りの「説明」でようや
Author: 本誌·池倩 Year 1998 Issue 2 PDF HTML
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7. 生花店
府右街(フーヨウチエ)にある「情侶鮮花店(チンリユシエンホワティエン)(恋人たちのための花屋)」は朝八時に開く。店主の張恵君(チャンホィチュン)さん(三六)は前の晩に用意しておいた人間の背丈と同じくらいの五つの花かごを表に出して水を掛けた。開店したばかりの口福居(コウフーチュ)レストランに届ける花かごである。この数年来、生花を買ったり贈ったりするのが北京で流行になり、花束の需要が増えてきた。ほとん
Author: 本誌·池倩 Year 1998 Issue 2 PDF HTML
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8. 三本柱で力強く発展 満10歳の海南省を行く
一九九八年四月、海南島は広東省から分かれ、中国で三十一番目の行政区「海南省」となった。その面積は約三万四千平方キロ(日本の四国の約一·八倍)、台湾に次ぐ中国第二の大島で、全島が経済特別区に指定されている。人口は七百三十四万を数え、毎年これとほぼ同数の観光客を迎えている。その九七%は国内各地から来ており、とくに北京の人びとは二年ほど前から海南島を国内観光地のトップに推している。満十歳を迎えた海南省の
Author: 本誌·池倩 Year 1998 Issue 5 PDF HTML
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9. 天津の骨とう市
わたしはさびた古い短剣を持っている。去年十月、天津の瀋陽道骨とう市を訪ねたときに買ったものだ。市には目がくらむほどたくさんの古物が出ていたが、わたしが引き付けられたのはこの短剣だけだった。短剣のさやに「黄埔軍校第二期、一九二六、蒋中正賜」の文字が見えたからだ。黄埔軍官学校は孫中山が一九二四年に創立、蒋介石(中正)が校長を務めた学校で、多くの有名な将軍を輩出した。大学で中国現代史を学んだ者にとってこ
Author: 本誌·池倩 Year 1999 Issue 2 PDF HTML
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10. 中国にも「献血法」が誕生
「中華人民共和国献血法」が昨年十月一日に施行され、中国は本格的な献血の時代を迎えた。「献血法」は国が輸血用血液の安全と供給を確保するために制定されたもので、構想から実施まで二年足らずの駆け足で体制を整えた。売血の弊害これまで中国の輸血用血液はほとんどが売血によるものだった。一九七八年から献血が義務付けられたが、職場を通じて血液センターに献血する人は、センターから栄養補給費として現金を支給される。八
Author: 本誌·池倩 Year 1999 Issue 2 PDF HTML