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Your search : [ author:本誌記者 曽慶南] Total 338 Search Results,Processed in 0.124 second(s)
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11. ちびっ子ピアニスト大活躍
中央音楽学院の大講堂。その舞台中央に、一台のグランドピアノがおかれている。じきに、ぽっちゃりとした男の子がさっそうと舞台にあらわれた。彼は落ちついて、数百人の観客を前にていねいにおじぎをすると、踏み台を使ってピアノの前の椅子に座った。そして、心が静まるのをまってから悠然と演奏に入った。その揺れ動く頭と手にあわせて、美しいピアノの音色が大講堂に響きわたっていった。彼はまずベートーベンの「ソナタ第一番
Author: 曽慶南 Year 1985 Issue 8 PDF HTML
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12. 広州華南最大の商都
花に彩られた南国の都市、秀麗な山水、幽雅な園林、貴重な文物·遺跡、世界に名をはせた料理―これが広州のイメージであったが、ここ数年、対外開放政策が実施されてから顕著な変化が現れた。内外の経済人や観光客の往来が日ごとにその数を増している。華南第一の都市広州は、中国で最初に指定された二十四の歴史·文化都市の一つである。考古学的な調査によると、広州のあたりには約三千年の昔、人が狩猟、漁労、耕作などをしてい
Author: 曽慶南 Year 1986 Issue 8 PDF HTML
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13. 少林拳の大家―海灯法帥
いま、中国で唯一健在する正統派少林拳法の大家といえば、海灯法師があげられる。八十六歳の老僧であるにもかかわらず、北京、成都などの会議に参加したり、名山大寺に招かれて経を講じたり、あるいは武術を伝授したり、とにかく大変忙しい人である。今年の春には、はるばる太平洋のかなたにあるアメリカまで行って、法華経を講じている。たしかに、名実ともに四方行脚する名僧である。三月末、海灯法師が北京で開かれた全国政治協
Author: 曽慶南 Year 1986 Issue 9 PDF HTML
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14. 湛江 花と石油と海の幸
十年も前のことだったと思う。広州から海南島にいく途中、湛江に寄ったことがあるのだが、印象というものはあまり残らなかった。空港といったら、幅一六メートル、長さ一五〇〇メートルぐらいのアスファルト舗装の滑走路があるだけで、小型の飛行機しか離着陸できないものだった。今回は、ボーイング七三七型ジャンボ機に乗って行ったのである。現在では、湛江空港は国際標準に合う幅四〇メートル、長さ一七五〇メートルのコンクリ
Author: 曽慶南 Year 1986 Issue 7 PDF HTML
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15. 偉大な時代の眞實を反映するために
中國文学芸術工作者第二回大会は、一九五三年九月二十三日から十月六日まで北京でひらかれた。五六〇名の正式代表と一八九名の列席者が、國家の高級機關や団体の会議場となつている懷仁堂で一堂に会した。代表たちは、全國の各地、各民族のあいだからやつてきた。ほかに朝鮮からきたものもいるが、大部分は中國人民志願軍の活動に参加している人たちだ。代表のなかには、ながい経歷をもつた老作家もおれば文芸活動のうえに頭角をあ
Author: 本誌記者 Year 1953 Issue 7 PDF HTML
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16. 民族形式の體育
中國の人民は、長い歷史のなかで、体育のうえにもいろんな民族的形式を生みだしてきた。これらの体育は、どんな苦しみにも耐えぬく力、機敏で勇敢な気質をそだてあげるとともに、外國の侵略者に反対し國內の反動派と外國の帝國主義者に反対する鬪爭のなかで、人民の愛國心と鬪志をきたえあげてきた。だが、かつての反動的な支配のもとでは、民族体育をひろく発展させる手だてはなかつた。ふるい中國で民族形式の体育運動がひろく発
Author: 本誌記者 Year 1954 Issue 1 PDF HTML
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17. 偉大な一日
一九五三年十二月二十六日、中國黒色冶金工業の中心地鞍山で盛大な式典がおこなわれた。それは新しく竣工した鞍山鋼鉄公司の三大工場たる中國最初の自動式継目なし鋼管工場、同じく中國最初の自動式大型鋼圧延工場、自動式第七号熔鉱炉の生產開始を祝う式典であつた。これは社会主義的工業化をめざす建設途上における中國人民の新たな、偉大な勝利であつた。近代的重工業のこの三つの巨人、いずれも高い生產能率をそなえた最新式の
Author: 本誌記者 Year 1954 Issue 2 PDF HTML
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18. 長辛店鉄道工場のたずねて
霧のふかい一月のある朝、私は長辛店鉄道工場をおとずれた。長辛店は北京の南方二十キロの地点にある京漢線上の小さな駅である。だが長辛店というこの名前は、中國労働者階級の革命鬪爭史上のある大きな事件と結びついている。つまりこの長辛店鉄道工場の労働者は中國共產党の指導のもとに、まつ先に待遇改善を要求するストライキで勝利をおさめ、一九二三年二月の歷史的な京漢鉄道労働者の大ストライキ、言いかえれば中國共產党の
Author: 本誌記者 Year 1954 Issue 2 PDF HTML
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19. 北京西單匠の選擧
『今日はわたしたちのすばらしい祭日であります……今日はわたしたちの代表をえらび出す日でありまず!……』一九五三年十二月六日の朝はやくから、街頭の拡声器は全西單区の市民に楽しいニユースをつたえている。西單区は二十四万の人口をもつ北京最大の区である。中國共產党と人民政府の中央機關はこの区內にある。一九五三年十二月六日、西軍区は他の区にさきがけ首都最初の区人民代表大会の選挙をおこなつた。選挙当日のこの日
Author: 本誌記者 Year 1954 Issue 2 PDF HTML
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20. 鹿圏村の文化ステーシヨン
とつぶり日が暮れた。暗い夜空に新月がかかり、鹿圏村の人家やまわりの畑をぼんやり照らしだしている。今夜村の小学校校の運動場でやることになつている芝居の用意は、もうすつかりできていた。小高くなつたところが舞台にあてられ、そこには簡單な背景がとりつけてある。村の文化ステーシヨンの人たちは、今晩芝居があるから見にくろようにといつて、もれなく村ぢゆうに知らせてまわつた。舞台まえの廣場は、もう人でいつばいにな
Author: 本誌記者 Year 1954 Issue 5 PDF HTML