Current Location: Home » Full Text Search
Your search : [ author:本誌 陳肇莘] Total 973 Search Results,Processed in 0.098 second(s)
-
11. 煙台市に見る住宅制度改革
兪正声氏は、人口三十万を擁する煙台市の市長である。市政府は、兪さんの職務にもとづいて、使用面積九〇·九五平方メートルの住宅を配分した。夫婦二人。中国では、ゆったりとした居住空間だといえる。旧来の住宅制度による家賃は、月に七·二八元。収入の約二%を占めるだけだ。ところが、昨年八月一日から、煙台市では住宅制度の改革が実行に移されたため、兪市長は、月に四一·九二元の家賃を支払わなければならなくなった。新
Author: 陳肇莘 Year 1988 Issue 2 PDF HTML
-
12. 有価証券取引所瀋陽の試み
「資金商品化」の一手段一昨年夏、正確には一九八六年八月五日、瀋陽市に「有価証券取引所」が出現したというニュースが内外をおどろかせた。いらい一年半あまり、上海、武漢など十二都市にも次次と設けられ、それぞれ順調な発展を遂げている。この組織は、中国語では〈有価証券交易市場〉といい、訳せば「有価証券取引所」となるが、もちろん資本主義国のそれとはかなりちがい、株式の「立ち会い取り引き」などがあるわけではない
Author: 陳肇莘 Year 1988 Issue 3 PDF HTML
-
13. 個人経営のデパート梧州市の景行商場
中国ですすめられている経済体制改革の中で、私営企業が再び出現した。一九五〇年代の中ごろ、あまりにも急な速度で私営の商工業に対する社会主義的改革がおこなわれ、さらにその後の極左路線、とりわけ「プロ文革」の十年にわたる動乱の中で、私営の企業はすっかり姿を消してしまった。やがて社会主義の初級段階に至って公有制のみの単一経済は生産の発展、大衆生活の面でマイナスをもたらすことが実証されたのである。対外開放と
Author: 陳肇莘 Year 1988 Issue 9 PDF HTML
-
14. 広西チワン族自治区の旅
北京駅から特別急行列車に乗って南下すること三十一時間、広西チワン族自治区の旅の出発点―桂林に着いた。「山水、天下に甲たり」と称えられる世界的な観光地だ。長旅の疲れも忘れて、わたしの胸ははずんでいた。一九三〇年代末、まだ少女だったわたしは、父母に連れられて、ここ桂林に“疎開”したのだった。かすかに記憶に残る“思い出”の街。ああ、あれからもう五十年近い歳月が流れている。桂林をもう一度訪ねてみたいという
Author: 陳肇莘 Year 1988 Issue 12 PDF HTML
-
15. 農民に奉仕する測候所
一九七三年七月、早稲はもう八分どうり実っていた。嘉定県では水田十六万ムー(一ムーは六·六六七アール)の早稲の収穫をすぐ目の前にひかえていた。このままでいけば豊作はまちがいなしと思われていた矢先のこと、太平洋上に第三号台風が発生した。台風の進路にある嘉定県にとって、これはきびしい試練であり、どのような対策を講ずるかその選択にせまられた。台風の中心がここを通過するなら、せっかく実ったもみが暴風によって
Author: 沈興大 陳肇莘 Year 1975 Issue 10 PDF HTML
-
16. 偉大な時代の眞實を反映するために
中國文学芸術工作者第二回大会は、一九五三年九月二十三日から十月六日まで北京でひらかれた。五六〇名の正式代表と一八九名の列席者が、國家の高級機關や団体の会議場となつている懷仁堂で一堂に会した。代表たちは、全國の各地、各民族のあいだからやつてきた。ほかに朝鮮からきたものもいるが、大部分は中國人民志願軍の活動に参加している人たちだ。代表のなかには、ながい経歷をもつた老作家もおれば文芸活動のうえに頭角をあ
Author: 本誌記者 Year 1953 Issue 7 PDF HTML
-
17. 民族形式の體育
中國の人民は、長い歷史のなかで、体育のうえにもいろんな民族的形式を生みだしてきた。これらの体育は、どんな苦しみにも耐えぬく力、機敏で勇敢な気質をそだてあげるとともに、外國の侵略者に反対し國內の反動派と外國の帝國主義者に反対する鬪爭のなかで、人民の愛國心と鬪志をきたえあげてきた。だが、かつての反動的な支配のもとでは、民族体育をひろく発展させる手だてはなかつた。ふるい中國で民族形式の体育運動がひろく発
Author: 本誌記者 Year 1954 Issue 1 PDF HTML
-
18. 偉大な一日
一九五三年十二月二十六日、中國黒色冶金工業の中心地鞍山で盛大な式典がおこなわれた。それは新しく竣工した鞍山鋼鉄公司の三大工場たる中國最初の自動式継目なし鋼管工場、同じく中國最初の自動式大型鋼圧延工場、自動式第七号熔鉱炉の生產開始を祝う式典であつた。これは社会主義的工業化をめざす建設途上における中國人民の新たな、偉大な勝利であつた。近代的重工業のこの三つの巨人、いずれも高い生產能率をそなえた最新式の
Author: 本誌記者 Year 1954 Issue 2 PDF HTML
-
19. 長辛店鉄道工場のたずねて
霧のふかい一月のある朝、私は長辛店鉄道工場をおとずれた。長辛店は北京の南方二十キロの地点にある京漢線上の小さな駅である。だが長辛店というこの名前は、中國労働者階級の革命鬪爭史上のある大きな事件と結びついている。つまりこの長辛店鉄道工場の労働者は中國共產党の指導のもとに、まつ先に待遇改善を要求するストライキで勝利をおさめ、一九二三年二月の歷史的な京漢鉄道労働者の大ストライキ、言いかえれば中國共產党の
Author: 本誌記者 Year 1954 Issue 2 PDF HTML
-
20. 北京西單匠の選擧
『今日はわたしたちのすばらしい祭日であります……今日はわたしたちの代表をえらび出す日でありまず!……』一九五三年十二月六日の朝はやくから、街頭の拡声器は全西單区の市民に楽しいニユースをつたえている。西單区は二十四万の人口をもつ北京最大の区である。中國共產党と人民政府の中央機關はこの区內にある。一九五三年十二月六日、西軍区は他の区にさきがけ首都最初の区人民代表大会の選挙をおこなつた。選挙当日のこの日
Author: 本誌記者 Year 1954 Issue 2 PDF HTML