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Your search : [ author:沈春琦 王竜 撮影] Total 403 Search Results,Processed in 0.078 second(s)
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141. 喜劇 幸福のために乾杯!
転勤問題をめぐり、役得、保身、エゴに汲々とする幹部·純真な若者、そして正しい決断を下す指導者などをめぐりテンヤワンヤの大騒動―ある工場の姿を喜劇仕立てにしたこの芝居はこの春、北京で上演され、大喝釆を博した。共働きが普通の中国では、勤務地が離れていて別居を余儀なくされる夫婦もいる。折角、妻の転勤で同居できそうになった技術員の書類を、総務主任がすりかえたところから騒ぎが起こる。身体障害のため結婚難の娘
Author: 撮影 劉世昭 Year 1980 Issue 6 PDF HTML
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142. 北京の公衆浴場
Author: 撮影 狄祥華 Year 1980 Issue 6 PDF HTML
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143. 若者たちの余暇
この町を取材先に選んだのに格別の意味はない。北京市西部にある「月壇」は昔、皇帝が月を祭った場所だが、いまは公園となり、付近はごく普通の新興住宅地区である。2キロほどの月壇北通りをはさんで住宅団地が並び、体育場、百貨商店、劇場、公園など、比較的施設や環境に恵まれているせいか、若者たちの姿が目につくのが、特徴といえばいえるかもしれない。カメラの向くまま気の向くまま、かれらの余暇の索顔をおってみよう。
Author: 撮影 金伯宏 Year 1980 Issue 7 PDF HTML
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144. 北京の影絵劇団
Author: 撮影 王恩普 Year 1980 Issue 7 PDF HTML
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145. シルクロード中路から烏恰(ウルグチャト)へ
庫車(クチャ)をあとにシルクロード中路に沿ってそのまま西へ進むと、塔克拉瑪干(タクリマカン)砂漠北部の阿克蘇(アクスウ)、巴楚(マラルウエシ)、阿図什(アルトウシ)へ、つぎつぎにつく。漢朝のころには、それぞれ、温宿、姑墨、尉頭といった国ぐにがあったところだ。そこから西北へ烏恰(ウルグチャト)をすぎると、シルクロード中路が外国へ通じたはずだと考えた歴史学者も多かったが、解放後、ウルグチャト県の烏魯克
Author: 撮影 金伯宏 Year 1980 Issue 8 PDF HTML
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146. 工業化すすむ無錫市
長江(揚子江)の下流に位置し、自然の条件にめぐまれ、さらに水陸交通の要衝にあたっていた無錫(ウーシー)は、明·清の時代にすでに江南でも有数の穀物集散地であった。19世紀の中葉、この無錫にもごく小規模の加工業が出現するが、しかし、解放前まではやはり立ち遅れた消費都市でしかなかった。解放後30年、無錫も大きく変化した。現在では、軽工·紡績·電子工業を主体とする近代的な工業都市、さらに風光明媚な観光都市
Author: 撮影 金伯宏 Year 1980 Issue 9 PDF HTML
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147. 喀什(カシガル)から塔什庫爾干(タシコルガン)へ
カシガルから一路南進して、パミール高原(昔は葱嶺といった)をゆくと、タシコルガンに着く。そこをさらに南へ進むとカシミールに抜ける。これは葱嶺越しの古代シルクロードの一つで、古くから多くの僧侶や探険者がこの道をたどったといわれる。漢代のタシコルガンは蒲犂国と称され、唐代は葱嶺守捉(辺境を守備する役所)、清代は蒲犂庁がおかれた。現在、タシコルガンはカシガル地区に属し、タジク族とキルギス族が住んでいる。
Author: 撮影 金伯宏 Year 1980 Issue 9 PDF HTML
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148. 北京を緑の町に
住宅建設や道路整備と相まって、北京市の緑化が進んでいる。今年も、春の全市の植樹は、松、ポプラ、コノテガシワ、エンジュ、イチョウなど六八万株、芝生造成は六四·六万平方メートル、いま木々はすくすくと根を張り、秋を迎えている。緑化事業の主管は「北京市園林局緑化処」その下に現場を受けもつ「緑化大隊」が三隊、苗圃が四カ所あるほか各区にも「緑化隊」があって、受け持ち区域の責任をもつ。また、中国の緑化は大衆運動
Author: 撮影 翁乃強 Year 1980 Issue 10 PDF HTML
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149. 北京の山里
北京市といっても広い。行政区域としては農村も含めて17800平方キロ、62%は山地である。その山里に生きる人びとの暮らしを紹介しよう。ここは北京の市街地から西へ約120キロ、太行山脈に属する西山の山中、門頭溝区清水公社の洪水峪村である。
Author: 撮影 狄祥華 Year 1980 Issue 10 PDF HTML
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150. ウイグル族の誇りカシガル市
南新疆の古都喀什(カシガル)市は塔克拉瑪干(タクリマカン)砂漠の西端にある。ここから西してパミール高原をこえれば中央アジアの平原だ。つまりカシガルは中国最西端の都市で、古来、シルクロードの要地であった。カシガルは新疆ウイグル族ご自慢の町で、ウイグル族の生活と文化の真髄を知ろうと思ったらカシガルにいけといわれるほどだ。事実、カシガルを訪れた記者は、にぎやかな日曜日のバザール(市場)に足を踏みいれ、ま
Author: 撮影 金伯宏 Year 1980 Issue 10 PDF HTML