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Your search : [ author:本文参照 写真 劉世昭] Total 3483 Search Results,Processed in 0.109 second(s)
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1. よみがえる古代斉国の文物
Author: 本文参照 写真 劉世昭 Year 1995 Issue 11 PDF HTML
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2. 松花江畔の大コンビナート
吉林省の吉林市にある「吉林化学工業公司」は、中国屈指の化学工業コンビナートとして知られている。労働者·職員は12万人、20億元余の資産と110余の設備を擁する代表的なマンモス企業に成長した。原料は石油と石炭。化学肥料、合成染料、カーバイド、石油精製、有機合成の五大工場を中心に、設計、科学技術研究、計器、機械、発電、鉱山開発、鉄道·道路輸送から従業員の生活までが一体になった一大コンビナートである。
Author: 〈本文参照〉写真 王恩普 Year 1991 Issue 3 PDF HTML
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3. 空撮で追う大黄河
青海·チベット高原に源を発する黄河は、九つの省·自治区を流れて、山東省で渤海湾に注ぐ。全長5464キロ長江に次ぐ中国第二の大河である。中華民族揺籃の地、黄河流域。滔滔(とうとう)と流れるこの大河への気持ちを、昔から人びとはさまざまな形で表現してきた。黄河をテーマとする報道で、わたしは黄河流域を3年の歳月をかけて走り回ったが、その神秘を肌で感じ、神秘的であればあるほど、黄河のほんとうの姿を見たいとい
Author: 〈本文参照〉 写真·文 劉鴻孝 Year 1991 Issue 6 PDF HTML
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4. 春秋晋国未盗掘の大墓発見
地下に二千五百年も理もれていた春秋戦国時代の大規模な墓が、一九八七年に、山西省太原市の南一五キロの金勝村で、太原火力発電所の拡張工事中に発見された。山西省考古研究所と、太原市文物管理委員会がこの墓の発掘調査をしたところ、墓口が一一×九·二メートルで、墓底が八·八×六·八メートルもある大きな墓が現われた。椁(かく)室は石と木炭を積んで築いてあり、四周の壁面、頂部、底部、ともに一メートル近い厚さで、石
Author: 本文参照 写真 李健生 Year 1991 Issue 9 PDF HTML
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5. 北京市の老朽家屋改造 新居で幸福なスタート
北京市の危険·旧家屋は1360万平方メートルにおよぶが、そのなかで老朽化の激しい家屋は610万平方メートル。それらが集中しているのは、崇文区、宣武区、西城区、東城区の人口密度が高い4つの区。老朽家屋は北京市、北京市民にとって今や一大問題となっている。1990年4月、北京市政府は住宅改造を加速させる決定を下し、現在、取り壊し作業、建設が急ピッチで進められているところだ。住宅の再開発は市民に幸福な生活
Author: (本文参照) 写真 郭実 Year 1993 Issue 10 PDF HTML
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6. 山東半島の大漁港·石島鎮
石島鎮は山東半島の最東端に位置し、面積28平方キロ、人口は約4万。90%以上の人が漁業に従事している。三面が海に面し、14キロの海岸線が続く。また東西に大きな湾が形成され、多種類の魚がここを通るなど、自然条件に恵まれた漁業の町だ。大漁業として、沿海地域の対外経済開放に大きな役割を果たしている。町には集団所有制の水産会社が3社ある。漁村は16カ所。所有する漁船は、町全体で600隻を超す。冷凍加工工場
Author: 写真 王恩普 張政利(本文参照) Year 1991 Issue 10 PDF HTML
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7. 魂をゆする山西羅鼓
鐸鼓鐸は銅鐸、鼓は太鼓。雄壮などら太鼓と、それに合わせて繰り広げられる雄壮な群舞。そのいくつかは、一昨年の北京アジア競技大会開会式のアトラクションや、中国映画のニューウエーブとして世界に宣伝された『黄色い大地』のラストシーンなどで披露されているので、ご記憶の向きも少なくないだろう。その歴史ははるか旧石器時代までさかのぼり、どくに山西省からは、裏扮県の土鼓、夏県の石馨(馨は古代の打楽器の[種)、侯馬
Author: 本文参照 写真 王恩著 羅文発 Year 1992 Issue 2 PDF HTML
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8. 奮闘の日中勢。期待のビアズリは足の故障がたたって芝生にダウン
「一九八四年北京国際マラソン」が行なわれたのは十月十四日。「馬拉松(マラソン)」の“外来語”も北京市民の耳になじんだためか、沿道には百万をこす大観衆が人垣をつくって盛んな声援をおくった。先頭集団がくずれたのは、後半の二六キロすぎから。前三門大街に入ってからは、日本の伊藤国光、喜多秀喜の文字どおり“一騎打ち”に(写真下)。最後、ゴール寸前で、ベテラン喜多が伊藤をふりきって、二時間一二分一六秒の好タイ
Author: 写真 劉世昭 Year 1985 Issue 1 PDF HTML
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9. よみがえる“竜の首”。山海関長城の修復工事がスタート。
東は山海関から西は嘉峪関まで、延々一万二千華里(六千キロメートル)にわたって連なる「万里の長城」が、東に五キロほどさらに延びることになった。明代の名将·戚継光が築いた山海関は、長大な竜にたとえられる長城のいわば頭にあたる部分。燕山山脈の尾根づたいに延びた長城は、ここ山海関で首を南に曲げ、渤海に臨んで盤踞するかっこうになっている。長城の中でも最も壮大で険峻な景観として、古来、「天下第一関」の名で呼ば
Author: 写真 劉世昭 Year 1985 Issue 9 PDF HTML
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10. 浙江省南部の石の町 五雲鎮
五雲鎮の町は、浙江省南部の山地にあり、縉雲県の県庁の所在地である。好渓という小さい川が町をつらぬいて流れている。いまは、杭州と温州を結ぶ陸上交通の要地になっているが、もとは小さな村落だった。唐代の天宝年間(七四二~七五五)に、この上空に五色の雲が現れ、ただよって行く雲の下に美しい楽の音がひびき、草木がいきいきと生長したので、人びとはここに町をつくり、五雲と名付けたといわれる。ここは凝灰岩の産地だ。
Author: 写真 劉世昭 Year 1987 Issue 7 PDF HTML