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Your search : [ author:徐遅] Total 4 Search Results,Processed in 0.078 second(s)
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1. うまれかわる鋼鐵の都―鞍山
一九四八年の多、人民解放軍に鞍山を解放した。当時中囯東北部のこの工業中心地は、まつたくの廃墟と化していた。工場のそとには、人の背丈ほどもある雄草が生いしげつていた。熔鉱炉という熔鉱炉は、すつかり錆ついてしまつて赤黄色の錆がしま模様のようにうきをでて、みるかげもなかつた。それはまるであれはてた曠野に生えた巨大な「きのこ」のような恰好をしていた。建物の屋根は、ほとんどなくなつていた。貴重な設備はみな、
Author: 徐遅 Year 1953 Issue 1 PDF HTML
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2. 京包線ところどころ
お客をいつぱいのせて、汽車は西へ西へとひた走りに走つてゆく。面白いのは汽車に乘りこむとすぐから、旅先で顏を合わせるにちがいない人たちと道ずれになることだ。わたしの前後左右には、イクジヨオ盟の鹹湖へ行く地質調査隊員や天津から黄河の彎曲部へ鯉をとりに行く漁師だの、サラチにいる夫に逢いに行く人民解放軍戰士の奧さんなどが腰かけている。この奧さんは『サ、サ、サラチ』と言いなれない地名を口にしてはうれしそうに
Author: 徐遅 Year 1955 Issue 9 PDF HTML
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3. 傑出した地質学者 李四光氏 (下)
帰国の途上で淑彬夫人はバーミンガム大学に留学していた娘に付きそわれて、バーゼルのホテルにたどりついた。ホテルの主人の話では、李四光は朝早くから地質調査に出かけたという。昼になっても帰ってこなかったので、ホテルの主人はかの女たちに昼食を出してくれた。晩になっても帰ってこなかったので、また夕食をすすめた。夜更けになってもまだ姿を見せなかったので、かの女たちの泊まる部屋を用意した。そしてかの女たちが寝入
Author: 徐遅 Year 1978 Issue 4 PDF HTML
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4. 漢水鐵橋を建設する人びと
京漢線と男漢線をつなぐ鉄道線路の路盤がいまさかんに築かれているが、この線路こそ、揚子江と漢水をまたぐ最初の鉄道線路にほかならない。数えきれぬほどの労働者たちが、どうをいつぼいつめた籠で天秤棒をしなわせながら忙がしくゆききしている。ちよつとみると工事場はいかにもごたついているようだが、よく見るとやはり整然とした秩序があつて、人のゆききの5えにもよくそれが出ている。トラクターほダダダダと大きな晋をたて
Author: 本誌特派記者 徐遅 Year 1954 Issue 11 PDF HTML