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Your search : [ author:(本誌記者 韓瀚)] Total 356 Search Results,Processed in 0.089 second(s)
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1. 友好の歴史を書きつづけよう
日本人民の深い友情と東京、京都、奈良、福岡、札幌などに住む古くからの友人、新しい友人のよき思い出をたずさえ、中日両国人民の友好事業をさらに発展させるゆるぎない信念をもって、中国出土文物展覧代表団の王冶秋団長らの一行が北京に帰ってきた。王冶秋団長、団員の宿白、史樹青、郭労為の諸氏は、故宮の中にある浴徳堂という雅致にとむ応接室で、訪日の感想を記者に語った。日本人民は二千年にわたる中国との友好往来の歴史
Author: 本誌記者 韓瀚 Year 1973 Issue 10 PDF HTML
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2. “命のあるかぎり人民のためにつくす”
負傷してから三十六年もまえのことである。河北省成安県の県境で、八路軍某部隊は日本侵略軍と激戦を交えた。そのさい、黄金科という若い戦士が重傷を負った。黄金科は、後方の病院に送られて手当をうけた。傷がよくなるにつれて、一日もはやく前線に戻り戦いたいという気持がつよくなっていった。だが、長期にわたる治療と休養が必要で、退院してもふたたび前線にはゆけない、と軍医から言い渡された。それを聞いて黄金科は悩んだ
Author: (本誌記者 韓瀚) Year 1975 Issue 12 PDF HTML
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3. 郭沫若老と「人民中国」
中国では、郭沫若氏のことをだれもが郭老(グオラオ)とよんでいる。それは氏に対する尊敬と親しみのあらわれなのだ。郭沫若の名はわれわれ現代中国人の心中に、感激、豪放、そして火のような熱情を想起させる。郭老に会っていると、その話がのどかな座談だろうと、あるいは深遠な議論であろうと、どんな場合でも、それはわれわれを啓発し、われわれの心をわきたたせてくれるのである。郭老に会ったことのある本誌編集部の面々は、
Author: 本誌記者 韓瀚 Year 1978 Issue 10 PDF HTML
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4. 今日のチベット―封建農奴制からいっきょに社会主義へ
一九七五年九月九日は、チベット自治区成立十周年にあたる。チベット族人民のこのよろこばしい日をまえにして、記者はチベット高原を訪れ、取材した。その間、一代目の労働者、農民、解放軍戦士、牧畜民、少数民族出の幹部、教師、医師、科学者、俳優と僧侶などチベット族の人びとと広く接した。かれらは、それぞれの角度から自分たちの過去と現在について語り、かれらが先祖代々住んできた土地で生じた大きな変化について聞かせて
Author: 本誌記者 李要武 韓瀚 張嘉斉 Year 1975 Issue 8 PDF HTML
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5. 偉大な時代の眞實を反映するために
中國文学芸術工作者第二回大会は、一九五三年九月二十三日から十月六日まで北京でひらかれた。五六〇名の正式代表と一八九名の列席者が、國家の高級機關や団体の会議場となつている懷仁堂で一堂に会した。代表たちは、全國の各地、各民族のあいだからやつてきた。ほかに朝鮮からきたものもいるが、大部分は中國人民志願軍の活動に参加している人たちだ。代表のなかには、ながい経歷をもつた老作家もおれば文芸活動のうえに頭角をあ
Author: 本誌記者 Year 1953 Issue 7 PDF HTML
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6. 民族形式の體育
中國の人民は、長い歷史のなかで、体育のうえにもいろんな民族的形式を生みだしてきた。これらの体育は、どんな苦しみにも耐えぬく力、機敏で勇敢な気質をそだてあげるとともに、外國の侵略者に反対し國內の反動派と外國の帝國主義者に反対する鬪爭のなかで、人民の愛國心と鬪志をきたえあげてきた。だが、かつての反動的な支配のもとでは、民族体育をひろく発展させる手だてはなかつた。ふるい中國で民族形式の体育運動がひろく発
Author: 本誌記者 Year 1954 Issue 1 PDF HTML
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7. 偉大な一日
一九五三年十二月二十六日、中國黒色冶金工業の中心地鞍山で盛大な式典がおこなわれた。それは新しく竣工した鞍山鋼鉄公司の三大工場たる中國最初の自動式継目なし鋼管工場、同じく中國最初の自動式大型鋼圧延工場、自動式第七号熔鉱炉の生產開始を祝う式典であつた。これは社会主義的工業化をめざす建設途上における中國人民の新たな、偉大な勝利であつた。近代的重工業のこの三つの巨人、いずれも高い生產能率をそなえた最新式の
Author: 本誌記者 Year 1954 Issue 2 PDF HTML
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8. 長辛店鉄道工場のたずねて
霧のふかい一月のある朝、私は長辛店鉄道工場をおとずれた。長辛店は北京の南方二十キロの地点にある京漢線上の小さな駅である。だが長辛店というこの名前は、中國労働者階級の革命鬪爭史上のある大きな事件と結びついている。つまりこの長辛店鉄道工場の労働者は中國共產党の指導のもとに、まつ先に待遇改善を要求するストライキで勝利をおさめ、一九二三年二月の歷史的な京漢鉄道労働者の大ストライキ、言いかえれば中國共產党の
Author: 本誌記者 Year 1954 Issue 2 PDF HTML
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9. 北京西單匠の選擧
『今日はわたしたちのすばらしい祭日であります……今日はわたしたちの代表をえらび出す日でありまず!……』一九五三年十二月六日の朝はやくから、街頭の拡声器は全西單区の市民に楽しいニユースをつたえている。西單区は二十四万の人口をもつ北京最大の区である。中國共產党と人民政府の中央機關はこの区內にある。一九五三年十二月六日、西軍区は他の区にさきがけ首都最初の区人民代表大会の選挙をおこなつた。選挙当日のこの日
Author: 本誌記者 Year 1954 Issue 2 PDF HTML
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10. 鹿圏村の文化ステーシヨン
とつぶり日が暮れた。暗い夜空に新月がかかり、鹿圏村の人家やまわりの畑をぼんやり照らしだしている。今夜村の小学校校の運動場でやることになつている芝居の用意は、もうすつかりできていた。小高くなつたところが舞台にあてられ、そこには簡單な背景がとりつけてある。村の文化ステーシヨンの人たちは、今晩芝居があるから見にくろようにといつて、もれなく村ぢゆうに知らせてまわつた。舞台まえの廣場は、もう人でいつばいにな
Author: 本誌記者 Year 1954 Issue 5 PDF HTML