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Your search : [ author:朱壁] Total 11 Search Results,Processed in 0.097 second(s)
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1. 中國の書道
一文字はことばを記録するためのものであるが、それはまた一種の芸術でもある。これを中国では「書法」(スウフア)とよんでいる。中国の勤労者は、長期にわたる生活と実践のなかで、自らの民族的な文字―漢字をつくりあげるとともに、その文字をしたためる独自の用具―毛筆をもつくった。筆は獣の毛でつくられ、柔らかいうえに弾力がある。毛筆で漢字を書くとき、さまざまな技法がほどこされ、字の構造、文字の配置にふさわしいよ
Author: 朱壁 Year 1973 Issue 1 PDF HTML
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2. 湘西トウチャ族 ミャオ族自治州文工団の巡回公演に随行して
湖南省の湘西(シヤンシー)トウチャ族·ミャオ族自治州文芸工作団は、歌舞や劇などで、地もとの労働者、農民、兵士に奉仕するプロの文芸団体です。文工団は楽器や衣装を入れた竹かごを背負い、小隊にわかれて、山岳地帯にわけいり、少数民族のために公演、をしています。それで一名「竹かご劇団」ともよばれています。最近、記者は、この劇団の、ある分隊について山岳地帯へゆきました。つぎに紹介するのは、そのときの見聞です。
Author: 朱壁 Year 1976 Issue 6 PDF HTML
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3. 「四人組」の犯罪行為
「四人組」は中国人民に大きな危害をもたらしたが、文芸界のばあいにはその被害がとりわけ大きかった。「四人組」はどの分野よりもはやく文化·芸術分野に手をのばし、きびしい支配下においていたからである。中国革命の壮大な舞台においては、「四人組」は人びとの嘲笑のマトとなるピエロでしかなかった。だが、かれらは権力の一部をかすめとっていたから、その被害の程度をみくびってはならない。うばいとった「新しい紀元」「四
Author: 朱壁 Year 1977 Issue 5 PDF HTML
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4. ふるくからの友人の喜び
版画家の李平凡氏が、「内山嘉吉先生からお手紙があり近日中に中国にこられるとのことです」と知らせてくれた。それを聞いて、わたしはすぐ一枚の写真を思い出した。それは、四十六年前のものである。魯迅先生のそばに年若い版画家が何人か立っている。その中に二十歳すぎの日本の友人が一人いる。その人が魯迅先生の招きで、中国現代版画芸術発展の道を切り開こうとしていた若い人びとに版画の技法を講義してくれた内山嘉吉先生で
Author: 朱壁 Year 1977 Issue 10 PDF HTML
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5. 娘の話
私の娘は十六歳、いま高校一年生である。もともとこの子は何事にも疑問をいだき、問題を出し、まるで世界のすべての知識を知らなければ気がすまない、というような子であった。多少すじ道だった話ができるようになったばかりのころ、道行く車を見るとすぐ、こういうことを聞いたのをおぼえている。「トロリーバスにはなぜ二本のおさげがあるの?自動車にはなぜおさげがないの?」。動物園につれていくと、もっといろいろな問題をだ
Author: 朱壁 Year 1978 Issue 3 PDF HTML
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6. 天下いまや「春」
三、四年前、わたしの家には、親友たちがよく集まった。タバコをふかし、茶を飲みながら、夜の更けるのも忘れて、雑談にふけるのが常だった。遠くに住むものは、終電車に間に合わなくなり、急ごしらえのベッドで一夜を過すこともあった。だが、この一年らい、客の訪れはまれとなった。わたしはこのことに気がついていなかったが、十三歳になる息子が先にそれに気づいていた。花も咲き始めた三月下旬のある日曜日、息子は、何人かの
Author: 朱壁 Year 1978 Issue 7 PDF HTML
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7. イシモチの季節に想うこと
わたしは、めったに買い物に行かないので、季節によって店にどういう品物が並ぶのか、あまりよく知らない。北京市内の商店街の一つである西四(シースー)を通るたびに、ある店の入り口に常時、長い行列ができているのを見た。その店の軒(のき)には、かなり大きな字の「西四魚店」という看板が横書きしてある。周辺のどの店にも行列は見当たらない。魚は売れ行きがいいんだな、とわたしは思ったものだ。ごく最近、イシモチ(グチ
Author: 朱壁 Year 1978 Issue 8 PDF HTML
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8. 孔雀の尾はなぜ美しい
美術好きの息子が本を二冊買ってきた。一冊は『レンブラントの素描』で、もう一冊は『ロダン芸術論」だった。よほど得意なことでもしてきたかのように、玄関を入るなり、叫んだ。「大収穫だ、大収穫だよ」このあいだまで、息子は、篆刻のまねごとをして喜んでいた。まもなく、石に小さな動物を刻むようになった。ある日、私が知人の彫刻家のところへ遊びにいくのについてきたが、知人の作品を見て帰ってからは、こんどは泥塑の真似
Author: 朱壁 Year 1978 Issue 9 PDF HTML
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9. スカートと主義
「君はもう気づいたかね。社内の女の人たちがオシャレをするようになったじゃないか」と、細かいところによく気のつく同僚が話しかけてきた。わたしは、そういうことには全くうっかりしている人間である。言われてみればなるほど、タイピストの小張(シヤオヅアン)、交換手の小王(シヤオワン)、レイアウトの小銭(シヤオチエン)はもちろん、中年の婦人でもスカートを穿いているひとがいる。ひだのあるのや、旗袍(チーパオ)風
Author: 朱壁 Year 1978 Issue 10 PDF HTML
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10. テレビを見ながら
北京はテレビのある家が多くなった。番組の内容も日増しに豊富になってきている。子供たちも夜や休日にはテレビを見るのでその影響も大きい。先週の日曜日、私は友人の家を訪問した。ちょうど子供たちがテレビの京韵大鼓(ヂンユンダーグー)(民間語り物芸術の一種)を見ているところだった。子供たちの興味をそらしてはと思い、それに画面には私たちの好きな、長年出ていなかった女性出演者が映っていたので、私も坐って見はじめ
Author: 朱壁 Year 1978 Issue 12 PDF HTML