円仁と弟子たちは八四〇年旧暦四月三日早朝、青州府城を後にした。彼はこう記している。「初めて会ったときより、幕僚判官は極めて親切な心遣いを示し、竜興寺滞在中は毎日布施を届け、常に慰問してくれた。出発に当たっては、人をつけて見送らせ、合わせて道案内もしてくれた。青州府を出て城外を行くこと十里にして堯山あり、山上に堯王廟が祀られている。……聞くところによると、ここで雨乞いすると必ず祈りに感応して降雨あり...
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円仁と弟子たちは八四〇年旧暦四月三日早朝、青州府城を後にした。彼はこう記している。「初めて会ったときより、幕僚判官は極めて親切な心遣いを示し、竜興寺滞在中は毎日布施を届け、常に慰問してくれた。出発に当たっては、人をつけて見送らせ、合わせて道案内もしてくれた。青州府を出て城外を行くこと十里にして堯山あり、山上に堯王廟が祀られている。……聞くところによると、ここで雨乞いすると必ず祈りに感応して降雨あり...