1950年生まれ。1975年、東京外国語大学卒業、日本貿易振興会(ジェトロ)に入る。香港大学研修、日中経済協会、ジェトロ·バンコクセンター駐在などを経て、1993年、ジェトロ大連事務所を設立、初代所長に就任。1998年、大連市旅順名誉市民を授与される。ジェトロ海外調査部中国·北アジアチームリーダー。2001年11月から、ジェトロ北京センター所長を勤めた。
中国が外貨準備額で世界第一位となって久しいわけですが、今年に入っても増え続け、九月末で一兆四千億ドルを突破しました。その外貨準備の一部を元手にした中国投資有限責任公司が誕生し、対外投資を中心とした業務を開始しました。GDP規模では、中国は現在、世界第四位で、二〇〇六年の世界のGDPに占める比率は五·五%、第三位のドイツを追い越すのも時間の問題と言われています。国としては豊かになったと言えます。
「三種の神器」になった株
では、人民レベルはどうでしょうか。一人当たりのGDPでは、世界第百二十九位と、世界の後塵を拝していますが、「中産階級」が形成されつつあります。国家統計局の定義による「中産階級」は、年収六万元~五十万元の家庭で、現在、八千余万人いるとされます([注释1])。これは中国の総人口の五~六%に当たります。
またマスターカード社によると、年収二万五千ドル以上の「富裕家庭」は二〇〇五年には三百万戸近くに達しているとしています。総人口から見れば、「中産階級」も「富裕家庭」もそれほど多いとはいえませんが、今、「にわか富裕層」が出現しつつあるのは注目に値するでしょう。
例えば、株の個人投資家の急拡大です。中国人民銀行のアンケート調査では、「中国人民の株式の購入意欲がかつてないほど高まる一方、貯蓄の意欲が低迷している」としています。
今、中国の株式市場は株価が急上昇しており、上海株式市場の総合株価指数をみると、今年一月に二八〇〇台であったものが十月十七日には六〇〇〇の大台を突破し、過去最高値を記録しています。わずか九カ月間に二倍以上となったわけです。
株券はいつの間にか、マイホームとマイカーに並んで「三種の神器」の一つの仲間入りし、それを所有することが「豊かさ」のシンボルとなりました。その影響なのでしょうか、株の売買や財テクを選択授業とする高校まで出てきました。いわば、「にわか富裕層」の予備軍が育成されているといってよいでしょう。
富豪を生む不動産業界
富裕層の中で「富豪」も増えてきました。不動産関連者が多いようです。今年十月、『フォーブス』誌と『フォーチュン』誌が発表した中国の長者番付四十傑をみると、上位六位までが不動産関係者によって占められています。四十傑中、『フォーブス』は十六人が、『フォーチュン』は二十人が不動産関係者です([注释2])。ちなみに、長者番付第一位となったのは二十六歳の女性経営者で、純資産は百六十億ドルと、個人にしては天文学的数字となっています。
こうしてみると、株と不動産が拡大する中国の富裕層の形成に大きくかかわっていることがわかります。ただ、株も不動産も投機性が強く、リスクも大きいわけですから、中国の富裕層はかなり流動的といってよいでしょう。
富裕層の拡大は高度成長を抜きには語れません。高度成長を可能とした改革·開放路線の生みの親である鄧小平氏の「先富論」([注释3])を実践する層が急拡大しているということになります。
「先富論」は、専門知識や技術の習得、ベンチャービジネスの起業、外資系企業への就職など、新たな機会を大胆に先取りして「豊かさ」を手にすることを奨励したものであったはずです。今や「株」や「土地」への投機性の強い投資でも、「先富論」が実践されているといえます。
「豊かさ」の事例
今年十月の国慶節の大型連休中、全国各地は観光客で大混雑し、入場制限や時間差入場など「荒療治」に踏み切る観光地が増えたといわれます。マイカー、マイホームの所有もさることながら、観光は、「豊かさ」をみるもっとも典型的なバロメーターといえます。
済南市の株式ホールで、変動する株価のボードに見込む市民たち
中国のある大手家電メーカーによると、連休中に二万余元(一元は約十五·五円)の56インチ輸入液晶テレビ、一万余元の双方向開閉冷蔵庫、六千余元の全自動炊飯器など高級家電製品がよく売れたとのことです。
さらに海外旅行。株にその座を取って代わられた「元三種の神器」であった海外旅行も年々増えており、世界各地の名所旧跡やショッピング·センターで、中国人を見かけることが圧倒的に多くなりました。筆者が、エジプトのマーケットを歩いていた時のことですが、ある店主に、「お前は中国人か」と聞かれた経験があります。いまや中国は、世界津々浦々で「東洋」を代表しているとつくづく実感したものです。
ちなみに、マスターカード社によれば、二〇〇六年の中国の富裕家庭の九二·六%が、娯楽に一万ドル以上を消費しており、中でも、国内·海外旅行が最大に支出となっているとのことです。
富裕層の子女も「豊かさ」の恩恵を享受しているようです。あるメディア([注释4])が、現代の「流行三点セット」であるPSPゲーム機、パソコン、デジタルカメラを大学生の子に買い与える父親の話を報道していましたが、インタビューに応えた父親は「私の若いころは、買ってもらいたいものといえば、上海ブランドの腕時計だけだった」と言っているのを読んで、「三種の神器」の変遷([注释5])が頭をかすめました。
「世界のブランド」嗜好は、今の中国の富裕層に共通しています。中国は世界でもっともブランド商品が売れる国になったとされます。超高級車、高級化粧品、高級服などなど。ルイビトン社など、中国を自社製品の最大の販売拠点とみなしている世界のブランドメーカーは少なくありません。
ちなみに、中国の富裕層の増加率は毎年一五%を超えていると、米国コンサルタント会社·マッキンゼー社は見積もっています。
成熟社会を見る視点
消費の拡大につながる富裕層の拡大は、内需主導の経済成長を目指す中国にとっても、また、中国市場での販売促進を狙う内外企業にとっても歓迎すべき事態といえます。
しかしながら、富裕層に属する人たち、特に富豪と呼ばれる人たちの中には、社会的責任感、法律遵守の精神、慈(いつく)しみの精神に欠けている人も少なくないようです。例えば『フォーブス』誌が発表した二〇〇五年版の長者番付に載った富豪の中から、契約詐欺事件を起こしたり、また、脱税、贈賄などにかかわっていたりした人が出たことから、「長者番付転じて指名手配書」など、悪い冗談になったほどです。
しかし富裕層のほとんどは、合法的に財を蓄積しています。国家もこうした人民の財産を保護する『物権法』を採択するなど、「先富論」を実践できる環境づくりを急ピッチで進めています。
高度成長を遂げた中国は、今、社会保障の充実、環境保全に力を入れ、また、企業は社会的貢献に積極的に取り組みつつあります。成果を社会の発展のために還元するという姿勢が前面に押し出されてきています。
一足早く豊かになった人が、「先富論」の「豊かになった人は社会に還元せよ」の「暗示」をどう実践するか、中国社会の成熟度を知るカギがそこにあるようです。
[注释1]
中証ネット 2007年7月2日。
[注释2]
不動産関係者以外では、物流、IT、銀行業の株主など。
[注释3]
先に豊かになれる人から豊かになれとした論。
[注释4]
『中国証券報』2007年10月7日。
[注释5]
70年代の三種の神器は腕時計、自転車、ミシン。