二〇〇三年春、中国に来てから今日まで、「在北京日本人」として常に考え続けてきたことが三つある。一つは「中国認識へのアプローチ」、次に「日中関係」、最後が「自分にできること」である。人々はしばしば指摘する。「日中間の相互理解はまだまだだ」「相互理解を促進するために」。こういう言葉を耳にするたびに考えた。「相互理解という言葉を安易に用いるが、それが達成された状態とはどういうものなのか」「そもそも相互理...
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二〇〇三年春、中国に来てから今日まで、「在北京日本人」として常に考え続けてきたことが三つある。一つは「中国認識へのアプローチ」、次に「日中関係」、最後が「自分にできること」である。人々はしばしば指摘する。「日中間の相互理解はまだまだだ」「相互理解を促進するために」。こういう言葉を耳にするたびに考えた。「相互理解という言葉を安易に用いるが、それが達成された状態とはどういうものなのか」「そもそも相互理...