什刹海(シーフャーハイ)の東、地安門外大街から北へ、よく生い茂った街路樹の道を行くと、二つの高い建造物に行きつく。手前が鼓楼、その次が鐘楼で、ふつう合わせて鐘鼓楼と呼ばれている。北京城を南北に貫く中軸線上の北端に位置し、元(一二七一~一三六八)の都「大都」ではここが中心であった。ともに七百年余の歴史を持つが、訪れる人はみな、その保存のよさに驚く。案内人の説明によると、鼓楼は元の至元九年(一二七二)...
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什刹海(シーフャーハイ)の東、地安門外大街から北へ、よく生い茂った街路樹の道を行くと、二つの高い建造物に行きつく。手前が鼓楼、その次が鐘楼で、ふつう合わせて鐘鼓楼と呼ばれている。北京城を南北に貫く中軸線上の北端に位置し、元(一二七一~一三六八)の都「大都」ではここが中心であった。ともに七百年余の歴史を持つが、訪れる人はみな、その保存のよさに驚く。案内人の説明によると、鼓楼は元の至元九年(一二七二)...