一九九二年三月十五日、日曜日の朝。北京でも指折りの繁華街、前門大柵欄に近い競売店のホールは、空席一つもない。この日競売される品物はいつもと違い、9司法部門が沒収した百二十四点の臓品だった。競売が始まると、五台のカラーテレビ、四台のビデオ、二セットのユニット家具、ダブルベッド、冷蔵庫、アクセサリーなどが次々と落札されていった。満座の関心を集めていたのは、これらの臓品がだれの物かということだつた。私は...
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一九九二年三月十五日、日曜日の朝。北京でも指折りの繁華街、前門大柵欄に近い競売店のホールは、空席一つもない。この日競売される品物はいつもと違い、9司法部門が沒収した百二十四点の臓品だった。競売が始まると、五台のカラーテレビ、四台のビデオ、二セットのユニット家具、ダブルベッド、冷蔵庫、アクセサリーなどが次々と落札されていった。満座の関心を集めていたのは、これらの臓品がだれの物かということだつた。私は...