清の乾隆三年(一七三八年)に版木ができた『乾隆大蔵経』が、このほど新たに七十セット印刷された。仏教が中国に渡来したのは、一世紀の後半、後漢の初めごろとされるが、仏教の聖典や高僧の著作の集大成である『大蔵経』は、内容が膨大なだけに、その版木も北宋の開宝年間(九六八~九七六)にできた『蜀版大蔵経』以来、今日までに二十種類(一説では二十一種類)彫られたに過ぎない。『乾隆大蔵経』も、乾隆帝の前の雍正帝のと...
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清の乾隆三年(一七三八年)に版木ができた『乾隆大蔵経』が、このほど新たに七十セット印刷された。仏教が中国に渡来したのは、一世紀の後半、後漢の初めごろとされるが、仏教の聖典や高僧の著作の集大成である『大蔵経』は、内容が膨大なだけに、その版木も北宋の開宝年間(九六八~九七六)にできた『蜀版大蔵経』以来、今日までに二十種類(一説では二十一種類)彫られたに過ぎない。『乾隆大蔵経』も、乾隆帝の前の雍正帝のと...