九月二十三日午前九時二十三分、私たちはウルムチの崑崙賓館の屋上で、完全な金環蝕を見た。月と太陽とが少しずつ重なってゆき、やがて黒い月の周りに太陽の光が金色の環(わ)になって見えるまで、私たちは眺めつづけていたのだった。その金の環が出来たのが九時二十三分だったのである。その金環蝕のことはあらためて次回に書くとして、今回は、この日、白楊溝の菊花台で見たカザフ族のユルト(氈房。モンゴル族の包(パオ)とほ...
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九月二十三日午前九時二十三分、私たちはウルムチの崑崙賓館の屋上で、完全な金環蝕を見た。月と太陽とが少しずつ重なってゆき、やがて黒い月の周りに太陽の光が金色の環(わ)になって見えるまで、私たちは眺めつづけていたのだった。その金の環が出来たのが九時二十三分だったのである。その金環蝕のことはあらためて次回に書くとして、今回は、この日、白楊溝の菊花台で見たカザフ族のユルト(氈房。モンゴル族の包(パオ)とほ...