「数典忘祖」という成語は『左伝·昭公十五年』にある一つの故事から出ている。春秋時代(前七七〇~前四七六)、籍談という晋国の大夫が周に赴き、景王に謁見した。景王は、手ぶらで来た籍談を見て尋ねた。「晋国はおまえを遣わすのに、どうして貢ぎ物を持たせないのか」「晋国は、周の王室から恩賞をいただいたことがございませんので、今日は何の返礼もございません」「晋国は、始祖の唐叔以来、たえず周の王室から恩賞を受けて...
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「数典忘祖」という成語は『左伝·昭公十五年』にある一つの故事から出ている。春秋時代(前七七〇~前四七六)、籍談という晋国の大夫が周に赴き、景王に謁見した。景王は、手ぶらで来た籍談を見て尋ねた。「晋国はおまえを遣わすのに、どうして貢ぎ物を持たせないのか」「晋国は、周の王室から恩賞をいただいたことがございませんので、今日は何の返礼もございません」「晋国は、始祖の唐叔以来、たえず周の王室から恩賞を受けて...