この副題を見て、首をかしげた方もおられると思う。柳斗(柳の小枝で編んだ釣瓶)は、井戸から水を汲む道具だし、欹器(いき)は廟堂におく器である。また座右銘は身辺において自らを戒める格言あるいは成語である。三者は何のつながりもないのに、どうして一緒にあつかうのか、と。これは、やはり孔子の話から言わなければならない。あるとき、孔子は魯の桓公の廟堂を見学した。欹器、つまりななめに置いておく陶器が目についたの...
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この副題を見て、首をかしげた方もおられると思う。柳斗(柳の小枝で編んだ釣瓶)は、井戸から水を汲む道具だし、欹器(いき)は廟堂におく器である。また座右銘は身辺において自らを戒める格言あるいは成語である。三者は何のつながりもないのに、どうして一緒にあつかうのか、と。これは、やはり孔子の話から言わなければならない。あるとき、孔子は魯の桓公の廟堂を見学した。欹器、つまりななめに置いておく陶器が目についたの...