十一 重慶五月十日、夜の明け、成都から重慶に向う列車の寝台に目覚める。激しい雷雨である。カーテンを引くと、まるで無数の火柱のような稲妻が、絶え間なく闇一色の車窓をめぐる。まだ五時である。コンパートメントの中は蒸し暑く、それに、昨日から腫れて来た右足の甲がしきりに疼く。化膿したのであろうか。半身を起し、旅行鞄から取り出してヨードチンキを塗る。妻もいつか醒めているのであろう。窓の上の小さな扇風機だけが...
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十一 重慶五月十日、夜の明け、成都から重慶に向う列車の寝台に目覚める。激しい雷雨である。カーテンを引くと、まるで無数の火柱のような稲妻が、絶え間なく闇一色の車窓をめぐる。まだ五時である。コンパートメントの中は蒸し暑く、それに、昨日から腫れて来た右足の甲がしきりに疼く。化膿したのであろうか。半身を起し、旅行鞄から取り出してヨードチンキを塗る。妻もいつか醒めているのであろう。窓の上の小さな扇風機だけが...