中国の将棋―象棋が民間にひろまつたのは六、七百年も前のことだが、働く人びとからほんとうにひろく愛されるようになつたのは、新中国がうまれて、人びとの生活が一変してからのことである。北京(ペイチン)を例にとれば、棋芸室は、どの公園にも、どの区の文化館にもあるし、駅の待合室にも設けられている。将棋の月刊雑誌「象棋」は月三万部も発行されており、名局集は一九五六年から一九五九年の秋までに三〇種あまり出版され...
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中国の将棋―象棋が民間にひろまつたのは六、七百年も前のことだが、働く人びとからほんとうにひろく愛されるようになつたのは、新中国がうまれて、人びとの生活が一変してからのことである。北京(ペイチン)を例にとれば、棋芸室は、どの公園にも、どの区の文化館にもあるし、駅の待合室にも設けられている。将棋の月刊雑誌「象棋」は月三万部も発行されており、名局集は一九五六年から一九五九年の秋までに三〇種あまり出版され...