一一九五三年の冬のある朝、現場の補習学校の教員が、一人の女の人をつれて組合事務所にやつてきた。女は大きな背負籠(しよいかご)を地面(じべた)におくなり、湯呑をとり出して湯をつぐと、ゴクゴクとノドを鳴らして一息に飮みほした。それから手の甲で口の端をぬぐうと、壁ぎわに立つたまま、默つて私の方を見た。「驚いたなあ。七十里からの道を歩いてきたつていうんですよ」教員は藪から棒にそういつて、さも驚いた顏をした...
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一一九五三年の冬のある朝、現場の補習学校の教員が、一人の女の人をつれて組合事務所にやつてきた。女は大きな背負籠(しよいかご)を地面(じべた)におくなり、湯呑をとり出して湯をつぐと、ゴクゴクとノドを鳴らして一息に飮みほした。それから手の甲で口の端をぬぐうと、壁ぎわに立つたまま、默つて私の方を見た。「驚いたなあ。七十里からの道を歩いてきたつていうんですよ」教員は藪から棒にそういつて、さも驚いた顏をした...