貴州省貴陽市で技術労働者学校の教師を勤める周継厚さん(三十七歳)は、毛沢東主席のバッジのコレクター。その周さんの話を聞こう。「ぼくが初めて毛主席のバッジを持ったのは、文化大革命二九六六~一九七六)の初期、まだ小学生のころでした。少しお金がたまると、すぐ新華書店に飛んでって『請(チン)』と言ったものです。(請は、お授け下さい、といった意味。毛主席像は当時は「宝像」とされ、「買う」と言ってはならなかっ...
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貴州省貴陽市で技術労働者学校の教師を勤める周継厚さん(三十七歳)は、毛沢東主席のバッジのコレクター。その周さんの話を聞こう。「ぼくが初めて毛主席のバッジを持ったのは、文化大革命二九六六~一九七六)の初期、まだ小学生のころでした。少しお金がたまると、すぐ新華書店に飛んでって『請(チン)』と言ったものです。(請は、お授け下さい、といった意味。毛主席像は当時は「宝像」とされ、「買う」と言ってはならなかっ...