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Your search : [ author:沈興大] Total 53 Search Results,Processed in 0.108 second(s)
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1. 中日友好(ちゅぅにちゆうこう) 松柏常青(とこしえに)
一九七八年十月二十三日は、中日両国人民にとって永遠に記念すべき日である。この日の午前、東京では中日両国政府の代表が友好の雰囲気の中で、中日平和友好条約の正式発効をおごそかに宣言した。その日の午後、北京では中日各界の友人と人民公社の社員代表二〇〇〇余名が一緒になって、「中日友好人民公社」の命名、祝賀大会をひらき、「中日友好人民公社」の成立を宣言した。中日友好人民公社の誕生は、中日友好関係の発展を物語
Author: 沈興大 Year 1979 Issue 1 PDF HTML
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2. 地方都市の子どもたち
中国では毎年一〇〇〇万人の赤ちゃんが誕生し、児童数は二億人に上る。中国の未来をになう彼らは、いま、どんな生活をおくっているか。学校、家庭、そして社会はどんな役割を果たしているか。とくに進んだところではなく、中国のどこの町にでもあるような、ごく平均的な横町の子どもたちの暮らしぶりを紹介するとしよう。それには改まった取材でなく、何でも気さくに話してくれる顔なじみのところがいい。……というわけで記者は、
Author: 沈興大 Year 1979 Issue 6 PDF HTML
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3. 榨菜とそのふるさと
中日両国人民は、日常生活のなかでもよく似た習慣をもっているが、漬物を好んで食べることなども、その一つであろう。中国の漬物はいろいろあるが、四川省で産する榨菜(ヅアツアイ)は、日本にも輸出され、中国料理店はもちろん、多くの家庭でも愛用されている。榨菜を扱っている日本の商社は三〇社を上回るという。漬物の歴史は古く、二千数百年前の古典『周易』のなかにすでに記されているほどだ。だが、榨菜の歴史は意外と新し
Author: 沈興大 Year 1979 Issue 12 PDF HTML
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4. 「企業自主権」拡大で活気
六月の成都(四川省の省都)はかなり暑い。子どもならずとも水の恋しいシーズンの到来だ。直径約一〇メートル、深さ五〇センチ足らずの丸い池で、小さな子どもたちがわいわいと水遊びに興じていた。夢中で手足を動かし泳ぎを習っているもの、大騒ぎで水をかけあっているもの……それを笑みを浮かべた保母さんが注意深く見守っている。記者が訪れた四川第一綿紡プリント工場の付属託児所に、つい先日できたばかりの幼児プールなので
Author: 沈興大 Year 1980 Issue 9 PDF HTML
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5. 企業改革何が行なわれているか
いま、中国人のもっとも多い話題は何かといわれれば、それは改革だろう。国じゅうあらゆる分野でみな改革について議論し、改革に関心を寄せている。中国は、なぜ改革を進めなければならないのか。どのように改革するのか。改革の効果と見通しはどうか。中国の改革は、まず農村からはじまった。三年らい、生産責任制を中心とする農業改革が全国に普及し、衆目の認める成果をおさめた。そのあと都市も啓発をうけて、積極的に試みはじ
Author: 沈興大 Year 1983 Issue 6 PDF HTML
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6. 泉城―済南の新しい姿
この秋、機会に恵まれて、山東省の済南市を一まわりした。わずか一週間だが、見たもの聞いたものが今でも忘れられない。市のシンボル環城公園黄河下流にある済南市は、南は泰山山脈につづき、北は滔々と流れる黄河に臨んでいる。すでに春秋戦国時代、済南は斉国の対外交通の要衝であった。唐·宋代以後は、都の東側にある要地として、また、明代からは、ずっと山東省の省都としてある。市の面積は四八三平方キロ、人口は百三十六万
Author: 沈興大 Year 1987 Issue 11 PDF HTML
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7. 難病患者に福音
曹さんは今年六十二歳になるが、若いときから病身だった。三十歳過ぎで心臓病を患い、心拍数が一分間三十~四十回に下がった。二十年たっても治らないので、西洋医がペースメーカーをつけるようすすめたが、彼女は一切受けつけなかった。やがて彼女はメニエール病にかかった。発作が起きると目まいがし、日光を恐れ、吐き気もして、苦しくてたまらない。長恵いのため定年退職したころはすっかり顔色が悪くなり、非常に虚弱な体にな
Author: 沈興大 Year 1995 Issue 5 PDF HTML
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8. 中国の労働者は余暇をどう過ごしているか
本誌編集部は四年前、手ぜまになった外文局ビル(西城区百万荘)から北京新華印刷工場(西城区車公荘)構内の建物に移ってきた。三千七百余名の従業員を擁する新華印刷工場は、中国最大の総合印刷工場で、凸版、グラビア、オフセットなど八部門を擁し、各種の画集、雑誌、書籍を印刷している。実は、本誌がここに移ってきたのは、文化大革命の末期である。長年の不毛の闘争で、人間関係はギクシャクしており、私たちのような外来者
Author: 沈興大 曹復 Year 1980 Issue 11 PDF HTML
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9. 岩間典夫さん
中ソ国境の黒竜江のほとりに、奇克鎮という小さな町がある。省都ハルビンからはるかに遠いが、このあたりの政治、経済、文化、交通の中心として活気があり、広い通江大通りが町をつらぬいている。これから訪ねる莫宝清さんの家は、この通りにある。多民族家庭莫さんの家は三部屋のレンガ造りの平屋建てで、そとに台所がある。ドアも窓も全部二重になっている。北国のここでは、一年中オンドルを焚いているし、冬になるとさらにペー
Author: 本誌·沈興大 Year 1989 Issue 2 PDF HTML
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10. 名医 斉藤洋二郎さん
綏化(すいか)市は人口二十万。黒竜江省中部の中核都市で、省都ハルビンの北一二五キロの地点にある。この町には、その人の名前がとび出すだけで、誰しも親指をたてて彼の医療技術の素晴らしさと、医徳の高潔なることをほめそやす一人の医師がいる。それが、市立第一人民医院の“斉先生”だ。この全市にその名を知られた“斉先生”こそ、実は、中国で医を業とし、すでに四十余年にもなる日本人医師·斉藤洋二郎さんなのである。医
Author: 本誌·沈興大 Year 1989 Issue 6 PDF HTML