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Your search : [ author:文·李順然 写真·馮進] Total 270 Search Results,Processed in 0.099 second(s)
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1. 第一話 北京の点と線―はじめに
五十万年も昔の北京原人から 北京を舞台に脈々と続く人類の歩み そこに現われたあの事件この人物 『三国志』の劉備は北京っ子だった 詩仙李白は北京で詩を詠んだ わかき日の毛沢東は北京で恋をした こうした点と点とを繋いでいくと 浮かびあがってくる一本の線……劉備も北京っ子国内旅行にしろ、国外旅行にしろ、帰りの飛行機が北京の上空に差しかかると、毎度のことながら知らず知らず身を乗り出すようにして、窓の下の景
Author: 文·李順然 写真·馮進 Year 2002 Issue 1 PDF HTML
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2. 第二話 漢方薬と北京原人―先史時代
北京の南西五十キロの周口店 そこの竜骨山という山から 五十万年前の北京原人の化石が出土した二十万年前の新洞人の化石が出土した二万年前の山頂洞人の化石が出土した一万年前の東胡林人の少女は 巻貝のネックレスを付けていた 牛骨のブレスレットを付けていた盧溝石橋と竜骨山観光旅行で五回も、六回も北京を訪れていながら、まだ周口店には行っていないという人がかなりいます。ちょっと残念なことです。北京の南西郊外の周
Author: 文·李順然 写真·馮 進 Year 2002 Issue 2 PDF HTML
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3. 第三話紀元前一〇五七年三月七日―燕
燕という国が北京に生まれた日に ハレー彗星と木星が見えたという 三千年も昔の話だが…… 戦国時代の七雄のなかでも いちばん北の小国燕は 知恵を絞って生き抜いた 「隗より始めよ」とか「漁夫の利」とか
Author: 文·李順然 写真·馮進 Year 2002 Issue 3 PDF HTML
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4. 第四話 多くの故事の舞台―燕
北の弱国燕が、西の強国秦の始皇帝暗殺を謀った 激怒した始皇帝はしゃにむに燕を攻めまくる 東へ東へと潰走する燕軍のなかには 海を越え日本に渡った落人もいたという 燕の都、北京の人がいたかも知れない 三千余年も昔の話で謎も多いが 日本の佐賀県吉野ケ里の墳丘は 燕の落人が伝えたものかも、と言う学者もいる戦国の策士たち紀元前一〇四六年に誕生し、初めて都を北京に置いた燕という小国に黄金時代をもたらした昭王(
Author: 文·李順然 写真·馮進 Year 2002 Issue 4 PDF HTML
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5. 第七話 劉備は北京っ子―三国時代
北京っ子劉備が南の蜀の皇帝になった だがその翌々年の章武三年 劉備は三峡の険に近い白帝城で病に倒れ 知略縦横の忠臣諸葛孔明も十年後に病死する 残された無力無策の後主劉禅は魏に降り 漁陽郡安楽県公に封じられたとか 安楽県は現在の北京市順義区の一角らしい なんと淋しい劉一族の里帰りだろう劉備は北京っ子今回は『三国志』の時代に入ります。曹操(一五五~二二〇年)とその子曹丕(一八七~二二六年)の魏、劉備(
Author: 文·李順然 写真·馮 進 Year 2002 Issue 7 PDF HTML
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6. 第八話 煬帝と大運河―隋
隋の煬帝(ようだい)は暴君だという だが「よいところ」もあったのでは 中国の南と北を繋ぐ大運河を掘ったとか…… この大運河の北の終点は北京だった ある歴史学者はいう 大運河がなかったら元の大都もなく 明、清の北京もなく
Author: 文·李順然 写真·馮進 Year 2002 Issue 8 PDF HTML
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7. サブちゃんの心配は無用。本場の演歌に湧いた満場の拍手。
昨年の十月四日。北京秋天。天安門広場。保母さんに連れられた幼稚園児にまじって、お一人、サングラスの“中年男”が北京の秋を“たんのう”している図。様(さま)にならない、って?いいえ、様になっております。この日、五十歳の誕生日をむかえた北島三郎さん、しばし童年にかえって、すぎこしかたを想いやっていらっしゃる。「そう、もう五十の坂ですものね。歌手生活二十五年。振りかえれば、短くもあり長くもあり……ですか
Author: 写真 馮進 Year 1987 Issue 1 PDF HTML
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8. 北京で開かれた「核の脅威展」平和の貴さを訴えた被爆品の数々。
昨年は国際平和年だった。中国でもさまざまな活動や催しが行われたが、十月二十一日から三十日まで、北京の中国革命博物館で開催された「核の脅威展」(「核戦争の脅威と核エネルギーの平和利用展」)は、諸活動の最後をかざる意義深い催しとして、多くの人びとに強い印象をのこした。主催は、国連広報局と創価学会。広島·長崎両市、中日友好協会、国際平和年·中国組織委員会などの後援で、広島·長崎の被爆の実態が、写真パネル
Author: 写真 馮進 Year 1987 Issue 2 PDF HTML
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9. 母さんラバに甘える「竜駒」。さて、「竜駒」が子を産むや否や!?
雄ロバと雌ウマの交配によってできた雑種が、ラバと呼ばれることはご存知でしょう。ラバは、雌雄とも繁殖能力はない、とされてきました。しかし、雌ラバに、まれに子が生まれることがあり、中国では、この珍しい“二世”を、「竜駒(ロンジユ)」と呼んでいます。母親にあまえる「竜駒」が、上の写真。内蒙古自治区オトグ旗の農民、劉先鎖さんが飼っている雌ラバから生まれた雌の子です。ラバは、母親の雌ウマを選択することで、体
Author: 写真 馮進 Year 1987 Issue 2 PDF HTML
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10. 内蒙古草原の祭り敖包会
「敖包会」―アオバオの祭り。蒙古族が一番の楽しみにしている草原の夏祭りである。「アオバオ」は、蒙古語で「小さな丘」の意。土や石を積みあげて、大草原上の標識にしたもので、後には神をまつる場所にもなった。六月、草原が緑したたる“じゅうたん”に変わると、蒙古族の人びとの心は、自然にアオバオのある方向へとむかう。祭りのはじまりだ。アオバオのいただきには、色あざやかな布や紙の旗が飾られる。ラマ教の経文を記し
Author: 写真 馮進 Year 1987 Issue 3 PDF HTML