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Your search : [ author:戴徳忠 え·魯忠民] Total 40 Search Results,Processed in 0.110 second(s)
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1. 北京 城壁裏の胡同を訪ねて
一滴の水も太陽を映すといいますが、北京の小胡同にも、大都市の一般市民の生活が反映されています。 一九七六年に、十年の動乱が終わって、また十年の歳月がながれました。現在の市民生活はどうか、改革の潮流と市民の関係は、市民はいま何をかんがえているかなど、北京の真ん中の東銀糸溝という胡同に行って聞いてみました。 「大胡同三百六,小胡同如牛毛」というほど、北京には胡同が多いのですが、ではどの位かというと、大
Author: 戴徳忠 え·魯忠民 Year 1986 Issue 8 PDF HTML
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2. 北郊 慕田峪長城 十三陵リゾート
千年の王城·北京には、皇宮(明·清代の皇宮は紫禁城。今日の故宮)を囲むようにして、遠く近く、きら星のように名所·旧跡がちらばっています。北郊、長城のふもとに新観光地を訪ねてみましょう。北京の秋。抜けるように青い空が、五十年近く前、梅原龍三郎画伯が描いた「紫禁城」そのままに、故宮の黄色い甍(いらか)の上にひろがります。遠く、紺色の稜線を浮き出して連なる山々。王城の北を守る“屏風”が、八達嶺、慕田峪の
Author: 構成 戴徳忠 魯忠民 え 魯忠民 Year 1988 Issue 9 PDF HTML
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3. 2 西南郊 雲居寺 十渡 上方山 etc.
日本のお客さまには、ぜひ西南郊外に足を伸ばしてほしいものです。いわば「知られざる名所」の数々。北京の“ふところの深さ”が、十分たんのうできるでしょう。北京の西南郊外。主として房山県の山間にはこの数年間に開発·整備された新しい観光スポットが散らはっています。房山県は、総面積二〇五〇平方キロメートル。三分の二が山か丘陵ですが、河北·山西の省境から東北方向に伸びる太行山脈の支脈にあたる一帯の山々は、繁華
Author: 構成 戴徳忠 魯忠民 え 魯忠民 Year 1988 Issue 10 PDF HTML
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4. 5 新疆 ウルムチ 早わかりマップ
お待たせ!もとい、 たいへん長らくお待たせいたしました!わたくし、姓は孫、名は悟空、人呼んでスーパー·モンキーと発します。河西回廊を抜けて敦煌へ。敦煌を抜けると、いよいよ先は新疆(しんきよう)です。文字どおりの西域に、みなさまは足を踏み入れたのです。ひとくちに新疆と言っても、中国の国土の六分の一を占める広大な地域、接する国境だけでも、モンゴル、ソ連、アフガニスタン、パキスタン、インドと、境界線が五
Author: 構成 戴徳忠 魯忠民 え 魯忠民 Year 1988 Issue 11 PDF HTML
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5. 6新疆 トルファン 早わかりマップ
わたくし、姓は孫、名は悟空、人呼んでスーパー·モンキーと発します。トルファンです!トルファンでございます!北縁を火焰山にふちどられたオアシス。さながら、すりばちの底のように深くくぼんだ盆地の最低点は、海抜マイナス一五〇メートル。中華なべの底といってもいいでしょう。あついんです。炎をふき出して燃えあがるような赤い山肌の、草一本ない山脈。そう、おいらが、その昔、大活躍した火焰山に、みなさまをご案内しま
Author: え 魯忠民 Year 1988 Issue 12 PDF HTML
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6. 現代化光と陰
巻頭に紀行文を掲載するのは、本誌にしてはじめてのことです。ベテラン記者として鳴らした筆者の、いわば「悠悠閑閑」の旅。足跡は生まれ故郷の昆明にはじまり、華南、華中へとしるされます。みちみち目にした「改革ただなか」の都市と農村。するどい観察眼が、現代化の光と陰―明るい面と暗い面をとらえます。喜びと憂い、そして希望。それは中国知識人の心の声ともいえるでしょう。思えば多忙な半生だったが、定年でやっと清閑を
Author: 段連城 え·魯忠民 Year 1986 Issue 4 PDF HTML
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7. 歯には歯を
利貞は結婚後もずっと実家に住んでいる。夫は、つまり婿養子[注释1]なのである。子供が生まれると、母親がつきっきりでめんどうをみた。利貞の家では、この子が、三代にしてやっと生まれた男の子なのだ。子供が二歳半になった時、夫は、託児所にあずける決意をした。聞いて驚いたのは利貞の母親だ。「まだほんの子供じゃありませんか。度胸がないんですよ。託児所なんかに入れて、いじめられたら、いったいわたしたちはどうした
Author: 李玲 え·魯忠民 Year 1989 Issue 1 PDF HTML
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8. 北京新しい魅力
世界最大の広場に臨んで建つ天安門。一九四九年十月一日、毛沢東主席が、この天安門の楼上から、中華人民共和国の成立を宣言したことは、余りにも有名です。新中国のシンボルとなった天安門は、明代、清代をつうじて、皇城の正門でした。北京城は、内城と外城に分けられ、内城の中央南部に皇城が、皇城の中に紫禁城が位置します。天安門の南、広場をはさんでとおく天安門とあい対するのが正陽門。内城の正門にあたります。俗称は前
Author: 構成·え 魯忠民 Year 1990 Issue 2 PDF HTML
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9. 山西古跡めぐり ②五台山
五台山の名は、日本人にもなじみが深いのではないでしょうか。早く文殊菩薩(もんじゆぼさつ)のあらせられる聖地とされ、唐代には、玄昉(げんぼう)、霊仙、円仁(えんにん)、宋代には、奝然(ちようねん)、成尋(じようじん)といった日本の高僧が、万里を遠しとせずして、この聖山を訪れています。山西省の東北部、五台県内にあり、高くそびえる五つの峰の山頂は、さながら「うてな」のように平らなことから、「五つの台(う
Author: 構成·え 魯忠民 Year 1990 Issue 11 PDF HTML
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10. 山西省古跡めぐり④平遥
太原市から南西へ九〇キロ、明·清代の城郭がそっくり残るまち―平遥を、山西省古跡めぐりの旅の最後に訪れます。城壁に囲まれたまち全体が、そのまま“古代城郭博物館”といった趣の平遥は、周の宣王の時代(紀元前八二七~前七八二年)に、大臣の尹吉甫が築いたといわれますが、今に残る城壁は、明の洪武三年(一三七〇年)から、それまでの城壁を基礎に拡大築造されたもの。東西南北に直交する街路と通りに面して並ぶ商家、奥に
Author: 構成·え 魯忠民 Year 1991 Issue 1 PDF HTML