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Your search : [ author:写真 李永宏] Total 3400 Search Results,Processed in 0.106 second(s)
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1. モラルマナースマートが信条 瀋陽サッカーファンの応援ぶり
中国でいま、一番人気を集めているスポーツといえばサッカーだ。国内チーム同士、外国チームとの試合に限らず会場は超満員。テレビの視聴率もぐーんとはね上がる。大勢のファンでいっぱいになった会場では、耳をつんざくほどの応援合戦が繰りひろげられる。ヤジに怒声に歓声、舞い踊る紙吹雪、甲高く響くラッパ……。接戦ともなれば、いきおい応援も過熱気味に。数年前には、観客が興奮して騒乱状態に陥り、警官が出動したりけが人
Author: 写真 李永宏 Year 1991 Issue 10 PDF HTML
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2. 孔子の子孫は鉱山技師 小説や論文の執筆にも意欲
一一二六年に女真族の金に滅ぼされた宋は、その翌年、最後の皇帝欽宗の弟·趙構によって再興されますが、この宋も二年後に都を応天府(いまの河南省商丘)から臨安(いまの浙江省杭州)に移します。孔子第四十八代の嫡孫孔端友もこれに同行したため、以来孔子の予孫は北宗と南宗に分かれることになります。一九三五年南京政府は、北宗には山東省曲阜の、南宗には浙江省衢州の地を与えそれぞれ南北の「奉祀官」としました。現在の北
Author: 写真 李永宏 Year 1991 Issue 11 PDF HTML
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3. 紙を食べれば気持ちすっきり異食癖の王玉蘭さん
遼寧省新民県公主屯鎮黄家山村に、王玉蘭さんは住んでいる。王さんはごく普通の農村のおかみさんだが、三十余年来、毎日欠かさずに新書判大の紙を五十枚くらいずつ食べてきた。今年五十歳の王さんが紙を食べ始めたのは十七歳のとき、中学校の二年級に在籍していた。紙くずを捨ててはいけないとお触れが出ていたので、それならと書きくさしの紙を口に入れた。そんなことをくり返しているうちに、ある時知らず知らず呑みこんでしまっ
Author: 写真 李永宏 Year 1992 Issue 4 PDF HTML
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4. 瀋陽·蘇家屯の機関区に勢ぞろいしたSL群。“幻のパシナ”も化粧なおしされておめみえ
SL(蒸気機関車)ファンには願ってもない展覧会が、遼寧省は瀋陽·蘇家屯の機関区で開かれている。オールド·ファンなら、まず説明は不要、ひと目で分かる「パシナ」(パシフィック7)型蒸気機関車が、この展覧会の目玉。“幻の機関車”が、いま四十年ぶりに外国人旅行客にも“開放”されたのである。「パシナ」の“昔の名前”は「あじあ号」。日本の植民地経営の“尖兵”として「南満州鉄道」に投入された、当時、世界でも最新
Author: 写真 項毅 Year 1985 Issue 1 PDF HTML
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5. こっちの「烤鴨」もいけますよ。懐柔県に飛んだペキンダック。
豊かになった北京郊外の農民は、一度は扒鴨(カオヤ)をと、何十キロもバスにゆられて市内の有名店をめざす。ところが北京名物の扒鴨のこと、店は大入満員で、二、三時間行列して待っても、必ず食べられるとは限らない。それではと、去年の十月六日、市内から北へ四九キロの懐柔県に「懐興飯荘」という扒鴨専門店がオープンした。オーナーは県の服務公司。建物は地元の渡河大隊の農民建築隊が二カ月半で完成、フロアには二百人が座
Author: 写真 狄華 Year 1985 Issue 3 PDF HTML
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6. 六十周年を迎えた故宮博物院。“化粧直し”されて一層壮麗に
英訳では「禁断の都市」。そそり立つぶ厚い壁に囲まれた七十二万平方メートルの空間、間数九千の建築群。明·清王朝二十四人の皇帝の居城だった紫禁城が「故宮博物院」として一般に公開されたのは一九二五年十月十日のことだった。昨年の十月十日は、ちょうど「建院六十周年」にあたったため、建物の“化粧直し”がおこなわれるとともに、盛大な記念式典が開かれた。中国の歴史に関心のある方なら、「故宮博物院」が、台北にも設け
Author: 写真 王輝 Year 1986 Issue 1 PDF HTML
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7. かいがいしく看取る溥傑氏、亡き周総理の励ましを胸に。
溥傑氏、今年七十九歳。清朝最後の皇帝で、のち「満州国」皇帝になった溥儀の実弟である。日本人嵯峨浩さんと結婚したのは一九三七年四月のこと。「満州国」経営のために、「関東軍」がしくんだ政略結婚だった。傀儡政権は日本軍の敗北とともに崩れ、溥傑氏は戦犯としてシベリアの流刑地へ、嵯峨浩さんは母国日本へ。一九五〇年、撫順の戦犯管理所に移された溥傑氏が特赦によって釈放されたのは、六〇年十二月のことだった。翌年、
Author: 写真 羽佳 Year 1986 Issue 8 PDF HTML
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8. 中日間を結ぶ定期客船「鑑真」号
「鑑真」号は、1985年7月6日に就航してから、週に一往復、神戸―上海、上海―大阪間を通っている。写真は、上海·黄浦江をさかのぼる「鑑真」号船上から。
Author: 写真 王?晋 Year 1986 Issue 8 PDF HTML
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9. つごう二百余名が一堂に。栄家一族、めでたく“大団円”。
エコノミストならずとも、中国経済に関心ある方なら、ご存知でしょう。栄毅仁(ロンイーレンー)氏。一九五〇年代に、「紅色老板」(赤い資本家)の異名(えいきじん)までとった、中国経済界の“立て役者”です。栄家一族は、今世紀のはじめ、父親の代に、四つの石臼から製粉業を興し、三〇年代には、故郷の無錫をはじめ、上海、済南などに、製粉、紡績、機械などの工場をもつ、中国有数の民族資本をうちたてました。一九四九年、
Author: 写真 李平 Year 1986 Issue 10 PDF HTML
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10. サブちゃんの心配は無用。本場の演歌に湧いた満場の拍手。
昨年の十月四日。北京秋天。天安門広場。保母さんに連れられた幼稚園児にまじって、お一人、サングラスの“中年男”が北京の秋を“たんのう”している図。様(さま)にならない、って?いいえ、様になっております。この日、五十歳の誕生日をむかえた北島三郎さん、しばし童年にかえって、すぎこしかたを想いやっていらっしゃる。「そう、もう五十の坂ですものね。歌手生活二十五年。振りかえれば、短くもあり長くもあり……ですか
Author: 写真 馮進 Year 1987 Issue 1 PDF HTML