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Your search : [ author:写真 李士炘] Total 3400 Search Results,Processed in 0.086 second(s)
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1. 納税観念ゼロの個人経営者たち徴税員は、ほんとに辛い
日本の新聞は、連日「消費税」の話題でもちきりでしたが、こちら中国では、「脱税」の話題で、巷も新聞も、今や“もちきり”です!ともかく、中国人には、すすんで税金をはらおうという観念がうすいのです。つまり、申告漏れ、所得隠し、脱税は日常茶飯事。加えて、一般大衆には税金をはらえるほどの所得はありませんから、一部の金持ちの脱税が暴かれるたびに、その話題で“もちきり”になってしまうのです。「流行歌手が巨額の脱
Author: 写真 李士炘 Year 1989 Issue 8 PDF HTML
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2. 150万人目のお客さま谷学長を熱烈歓迎
一九九二年十一月十二日午後、北京空港に降り立った谷耕月さんは、到着ロビーに入ったとたん、華やかな音楽と七十人もの美女の出迎えを受け、花束まで贈られて、すっかりどぎもを抜かれました。これはだれかと間違えられたに違いないと思ったのも無理からぬ話ですが、実は谷さん、北京市が迎えたことし百五十万人目の外国人という記念すべきお客さまだったのです。熱烈歓迎はまだ続きました。谷さんは空港からベンツの高級車に乗せ
Author: 写真 李士炘 Year 1993 Issue 3 PDF HTML
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3. いながらにして外国を知る 北京世界公園オープン
衣食足りて海外旅行を目ざす―いま、中国人の大多数の人がこのような考えをもっているが、同時に今すぐこれを実現するのは無理だとも考えている。しかし、海外旅行に関心のある人びとにとって、うってつけのドリームランド·世界の窓ワールドパークが北京市に出現。これはオーストリアやオランダなどの「小びとの国」を模し、また深圳の「美わしき中国」にならって、世界水準の縮景施設「北京世界公園」を同市豊台区花郷大葆台に完
Author: 写真 李士炘 Year 1994 Issue 2 PDF HTML
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4. アジア最大級のスクリーン首都の玄関―北京駅に登場
一九九四年十二月十四日、中国の北玄関北京駅の二つの鐘楼の間に、高さ九メートル、横一三メートルのスクリーンが姿を現した。こんな大きな広告媒体が街頭に立っているのは、ニューヨーク、東京など、ごく少数の大国際都市だけで、アジア地区では最大級のものである。この中国の首都にそびえ立つ大スクリーンは、五万本以上の高輝度放電管を使い、鮮明な画面、鮮やかな色彩で、各種新聞のニュースとスポット広告を流して、道ゆく大
Author: 写真 李士炘 Year 1995 Issue 4 PDF HTML
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5. オリンピックに燃える北京
「開放的中国盼奥運」「A more open China awaits 2000
Author: 写真 胡敦志 李士炘 葉用才 官天一 程玉揚 Year 1993 Issue 7 PDF HTML
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6. 瀋陽·蘇家屯の機関区に勢ぞろいしたSL群。“幻のパシナ”も化粧なおしされておめみえ
SL(蒸気機関車)ファンには願ってもない展覧会が、遼寧省は瀋陽·蘇家屯の機関区で開かれている。オールド·ファンなら、まず説明は不要、ひと目で分かる「パシナ」(パシフィック7)型蒸気機関車が、この展覧会の目玉。“幻の機関車”が、いま四十年ぶりに外国人旅行客にも“開放”されたのである。「パシナ」の“昔の名前”は「あじあ号」。日本の植民地経営の“尖兵”として「南満州鉄道」に投入された、当時、世界でも最新
Author: 写真 項毅 Year 1985 Issue 1 PDF HTML
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7. こっちの「烤鴨」もいけますよ。懐柔県に飛んだペキンダック。
豊かになった北京郊外の農民は、一度は扒鴨(カオヤ)をと、何十キロもバスにゆられて市内の有名店をめざす。ところが北京名物の扒鴨のこと、店は大入満員で、二、三時間行列して待っても、必ず食べられるとは限らない。それではと、去年の十月六日、市内から北へ四九キロの懐柔県に「懐興飯荘」という扒鴨専門店がオープンした。オーナーは県の服務公司。建物は地元の渡河大隊の農民建築隊が二カ月半で完成、フロアには二百人が座
Author: 写真 狄華 Year 1985 Issue 3 PDF HTML
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8. 六十周年を迎えた故宮博物院。“化粧直し”されて一層壮麗に
英訳では「禁断の都市」。そそり立つぶ厚い壁に囲まれた七十二万平方メートルの空間、間数九千の建築群。明·清王朝二十四人の皇帝の居城だった紫禁城が「故宮博物院」として一般に公開されたのは一九二五年十月十日のことだった。昨年の十月十日は、ちょうど「建院六十周年」にあたったため、建物の“化粧直し”がおこなわれるとともに、盛大な記念式典が開かれた。中国の歴史に関心のある方なら、「故宮博物院」が、台北にも設け
Author: 写真 王輝 Year 1986 Issue 1 PDF HTML
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9. かいがいしく看取る溥傑氏、亡き周総理の励ましを胸に。
溥傑氏、今年七十九歳。清朝最後の皇帝で、のち「満州国」皇帝になった溥儀の実弟である。日本人嵯峨浩さんと結婚したのは一九三七年四月のこと。「満州国」経営のために、「関東軍」がしくんだ政略結婚だった。傀儡政権は日本軍の敗北とともに崩れ、溥傑氏は戦犯としてシベリアの流刑地へ、嵯峨浩さんは母国日本へ。一九五〇年、撫順の戦犯管理所に移された溥傑氏が特赦によって釈放されたのは、六〇年十二月のことだった。翌年、
Author: 写真 羽佳 Year 1986 Issue 8 PDF HTML
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10. 中日間を結ぶ定期客船「鑑真」号
「鑑真」号は、1985年7月6日に就航してから、週に一往復、神戸―上海、上海―大阪間を通っている。写真は、上海·黄浦江をさかのぼる「鑑真」号船上から。
Author: 写真 王?晋 Year 1986 Issue 8 PDF HTML